コラム

テロ後も変わらないロンドンの日常

2017年04月20日(木)10時40分

トラファルガー広場に着くと、何かが違っていた。歩行者用信号の青の光の中に浮かび上がる「リトル・グリーン・マン」のイラストが、以前に見たときとは変わっている。1つは女性と女性のペア、1つは男性と男性のペア、そしてもう1つは男性と女性のペアのイラストになっていた。ロンドンは異性愛者と同様に同性愛者を受け入れる、との「ゲイ・プライド」のメッセージだ。

何事もなかったように自由を謳歌

サマセットハウスに着くと、規則的にいろいろなパターンで地面から水を噴き出す噴水が点在する中庭があった。子供たちはその間を駆け回り、水しぶきを受けては笑っていた。でもこの日は、大人までも子供に交じって駆け回るような陽気だった。どんなに濡れても、10分もすれば太陽が乾かしてくれた。

それは完璧な幸福を絵にしたような光景で、サマセットハウスの上には完璧な旗――英国旗ではなくスマイリーの旗が立っていた。

【参考記事】イギリスとEU、泥沼「離婚」交渉の焦点

僕の胸に強く浮かんだのは、この国に生まれ、僕と同じように機会にも自由にも恵まれ、僕と同じこの光景を見ることのできるはずの者たちが、それをぶち壊そうとするなどということが、なんと邪悪でなんと信じ難いことだろう、という思いだった。あの騎馬警官を目にして、彼を引きずり降ろして刺し殺そうとするなんて、あの幸せそうな人々を見て、彼らを殺害しようとするなんて、考えられるだろうか。

そしてそれを、憎悪のイデオロギーの名のもとに実行したがるなんて。そのイデオロギーは女性たちが日光浴することを許さないだけでなく、彼女たちを覆い、家に押し込めようとする。仲間とビールを楽しむことを、若者が異性と会うことを禁止する。僕たちの政府が入る建物を破壊しようとするだけでなく、議会制民主主義や市民的自由、リベラリズムといった僕たちの政治システムの精神まで破壊しようとする。そのイデオロギーは、社会に何の危害も与えない人々の自由な私生活を許さず、抑圧と破壊と殺人しか提示しない。

でも僕は、その日のロンドンを見渡して、僕たちの社会を攻撃するテロリストたちの行為がいかにばかげているかを感じ取った。人々の多くは毎朝、自由でいられることに深い感謝の念を抱いて目覚めるなどということはないだろうが、彼らはこの自由を行使し、たとえそれを脅かす出来事が起ころうと、少しもためらわず自由を謳歌するのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英財務報告評議会、EYのシェル監査を規則違反で調査

ビジネス

MUFG、インドのノンバンクに5000億円超出資へ

ビジネス

ドイツ輸出先、中国が7位に後退へ 15年ぶりトップ

ビジネス

焦点:「ドルサイクル」転換の年に、トランプ氏復帰で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story