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スペインあれこれつまみ食い

松尾彩香|スペイン

電気が止まったスペイン 筆者が体験し感じた生活の盲点

©️YouTube - APAGÓN MASIVO: Así se ha vivido en TODA ESPAÑA, TRENES, METROS y SEMÁFOROS APAGADOS | RTVE Noticias

2025年4月28日、スペインとポルトガルを中心とするイベリア半島で、過去最大規模となる停電が発生しました。現地時間12時33分に始まったこの停電では、わずか5秒間で国内の電力供給の約60%に相当する15ギガワットが失われ、前例のない事態となりました。その影響はスペイン全土にとどまらず、ポルトガルやフランス南部の一部地域にも及び、交通機関、通信網、医療施設といった重要インフラに深刻な影響を与えました。

停電の影響は多方面に広がり、信号機が消灯したことで交通に混乱が生じ、公共交通機関も相次いで運行を停止するなど、日中の都市機能が麻痺しました。この停電による経済的損失は、スペイン国内だけでおよそ16億ユーロに達すると見込まれています。

この大規模な障害により、少なくとも5名の死亡が確認されています。ガリシア州オウレンセ県では、人工呼吸器を使用していた家族が発電機を稼働させていた際に発生した一酸化炭素を吸引し、夫婦とその息子の3人が命を落としました。さらに、バレンシア州アルジラでは、酸素供給装置を使用していた46歳の女性が、電力停止により装置が作動せず亡くなっています。マドリードのカラバンチェル地区では、停電中に使用されたろうそくが出火原因となった火災で、女性1人が犠牲となりました。

政府は停電発生直後から緊急対応に乗り出し、ペドロ・サンチェス首相は主要電力会社の代表を緊急招集して協議を実施しました。その後、Red Eléctrica(スペイン電力網運営会社)は、今回の停電の原因について、システムの脆弱性や複数の要因が重なった可能性を指摘し、サイバー攻撃や人的ミス、異常気象などの可能性は排除されたと発表しました。しかし、依然として正確な原因は特定されておらず、政府は引き続き調査を進めています。

 

帰宅難民で溢れた都心

停電が起きたとき、私はマドリード中心部のオフィスで作業をしていました。最初はオフィスのブレーカーが落ちたのかと思いましたが、すぐにビル全体が停電していることに気づきました。窓の外を見ると信号機のライトも消えており、これはただのトラブルでは済まなそうだと感じました。Wi-Fiは使えず、スマホのデータ通信で状況を調べようとしましたが、ページはどれも読み込めません。SNSで誰かが何か投稿していないかと思って見てみても、まったく開かず、情報が一切得られない状態でした。電話もつながらず、何が起きているのか分からないまま、ただ時間だけが過ぎていきました。外からはサイレンの音が絶え間なく聞こえていて、事態の深刻さが伝わってきます。しばらくはオフィスで様子を見ていましたが、1〜2時間ほどたって再び外をのぞくと、多くの人が仕事をあきらめて帰宅しようとしていました。しかし、地下鉄の入り口はテープで封鎖されており、バスやタクシーも渋滞で動かない状況。人々は情報もない中、ただ歩いて帰るしかありませんでした。

私が歩いて帰ることを決めたのは午後4時ごろでした。まだ歩道は人で混雑していましたが、日が暮れる前に家に着くには、それ以上待つわけにもいきません。バスターミナルまでは歩いて1時間ほど。レストランやカフェは明るいままシャッターを下ろし、交差点では警察官やボランティアが交通整理をする中、オフィス着のままの人々が黙々と歩いている光景は、どこか異様に感じられました。

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モンクロア駅前の様子(筆者撮影)

バスターミナルでは入場規制が行われていて、入り口の警察官や係員にバスの乗車券を見せないと中に入ることはできません。夕方とはいえ、春のスペインは日差しが強く、長蛇の列に並ぶ人たちの顔には疲労が色濃くにじんでいました。ようやく自宅に到着したものの、次に直面したのは食事の問題です。スペインではオール電化が一般的で、コンロは電気式。電子レンジももちろん使えず、調理ができない状況でした。どこかで何か買えないかと考えましたが、カード社会のスペインでは現金を持ち歩いておらず、どの店も電子決済が使えない状態だったため、何も買うことができませんでした。幸い缶詰がひとつ残っていたので、それを夕食にしてなんとか済ませることはできましたが、もし翌日も電気が復旧していなかったらと思うと、日頃の備えの大切さを痛感しました。シャワーも浴びられず、ネットも使えないとなると、暗くなったら寝るしかありません。その夜は早めに布団に入り、夜中にふと目が覚めたとき、電気が復旧しているのを知ってホッとしました。

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日が沈んでいく中、唯一の明かりは車のライトのみ(筆者撮影)

 

スペイン人の反応は?

スペイン国内のSNSはこの停電をめぐる投稿であふれ、多くのユーザーがそれぞれの体験を記録していました。マドリードの街中では、家に電気がないことをきっかけに外に出て、その場に居合わせた人たちと歌ったり踊ったりして、楽しく過ごす様子も見られたようです。こうした楽天的で明るいところは、まさにスペイン人らしさだと感じさせられました。また、日本のように災害が少ないスペインでは、「もしもの時に備える」という意識があまり根付いていないのが現状です。今回の出来事を受けて、一部メディアでは非常用キットを備えることの重要性を改めて呼びかけています。

今回の停電を通して実感したのは、人がいかに電気に依存して暮らしているかということ、そして情報が得られないことが想像以上に大きな不安を引き起こすという事実でした。電気は便利で快適な生活を支えてくれる一方で、それが途切れた瞬間、私たちは何もできなくなってしまう、そんな脆さを思い知らされました。何気ない日常は、電力という見えない土台の上に成り立っているのだと気づかされます。そして同時に、備えのないままでは、いざというとき本当に何もできないということも身にしみました。今後は、ほんの少しの備えが心の余裕につながることを忘れずに、身の回りを見直していこうと思います。

@shotsbydyl They brought light to Guindalera during the #elapagon #fyp #madrid #spain @Somos un periódico @El País #blackoutspain #explore ♬ original sound - Dylan | Fútbol | Madrid

 

Profile

著者プロフィール
松尾彩香

2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。

Twitter: @maon_maon_maon

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