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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

AIで故人をよみがえらせるのはあり?なし?国民的歌手エリス・レジーナが娘と共演!

AIによってよみがえった国民的歌手エリス・レジーナ(本文youtubeより)

1982年、36歳という若さで衝撃的な死を迎えたエリス・レジーナ。
日本では「ブラジルの美空ひばり」と呼ばれる事もある。

圧倒的な歌唱力、腕を大きく振り回しステージに立つエリスは、小ぶりだが一口かじると激辛で癖になるピメンタ(唐辛子)のような唯一無二の存在である。
60年代以降のブラジルポピュラー音楽の黄金期を支え、聴衆だけでなく、アーティストたちからも絶大な敬意を持たれている。なぜならば、今日ブラジルを代表する多くのシンガーソングライターたちが注目されるきっかけを作ったのはエリスだったからだ。

*エリスについては以前、こちらの記事で書いているので、ご覧いただきたい。
早世した国民的歌手Elis Reginaから受け継がれるものとは (2021年3月30日投稿)

|娘マリア・ヒタ

テレビ番組のインタビューやラジオを聞く限り、お世辞にも口が良いとは言えないエリスだが、最初の結婚で授かった長男マルセロの自伝を読む限り、子供たちには優しく、自宅に仲間を招いて手料理を振舞う家庭的な一面もあったようだ。

エリスの魅力が最大に開花したのは、洗練されたピアニスト兼アレンジャーのセーザル・カマルゴ・マリアーノと組んだ頃ではないだろうか。 そのセーザルと結婚し、生まれた娘マリア・ヒタは両親の才能を受け継ぎ歌手となった。
「世襲」という言葉を全く連想させない実力で人気があり、日本公演も行っている。

どこかにエリスの面影を感じる歌声は、その巨大すぎる母親の存在からマリア・ヒタ本人を苦しめたときもあったようだが、今はそれを乗り越え、母エリスに捧げるオマージュを披露するようにもなった。

エリスが亡くなった際、マリア・ヒタは4歳。 叶わなかった親子共演は、AI(人工知能)のおかげで実現した。

|世代を越えて活躍するもの

45歳になるマリア・ヒタと亡き母エリス・レジーナの共演を実現させたのは自動車メーカーのフォルクスワーゲン・ド・ブラジルだ。
ブラジルでの創立70周年を記念し、このコマーシャルの制作が行われた。
同社の「過去と未来は対立するものではなく、世代間を越えても自社のDNAは受け継がれていく」というメッセージにぴったり当てはまったのがエリスとマリア・ヒタだった。

デュエットに選ばれたのはベルキオールというブラジルでは大変有名なシンガーソングライターの楽曲「Como nossos pais」で、 歌い出しはマリア・ヒタから。
彼女が運転している黄色い車は2023年末に発売予定の電気自動車アイディーバズである。
その後、過去を表す海辺のシーンで走る車はブラジル版ビーグルのフスカで、今でも一部ファンに愛用されている。続いて同社の歴代車種が続々と登場する。

マリア・ヒタがAメロを歌い終わると、ついにエリス・レジーナが現れる。
エリスが乗っているのは同社のロングセラー車種であるコンビことブラジルバスである。

1960年代、商用利用で大活躍したコンビは、2013年に生産が中止されたが今でも見る機会が多い。
物が沢山積めるため青空市に出店する青果店などに多く使われている一方、ノマド生活のためにコンビを購入する人もいる。 一度、友人のコンビに乗せてもらったが、エンジン音が響き、乗り心地は良いとは言えない。それでもコンビにこだわる人たち曰く「夢を乗せる車」なんだとか。

ちなみに、その後に出てくる花火のシーンで男性が来ている白いTシャツに書かれているのはベルキオールの似顔絵である。

|AIエリス誕生まで

それにしても、よくできている。
エリスの大ファンで、よくライヴ動画をYoutubeで観る私からすると、本物のようだ。
彼女が歌うときに歯茎が見えるほど大きく口を開けるところや、声を伸ばす時にクシャっと笑うところなど、よく特徴を捉えている(声は当時の録音を使用しているため本物)。

ワーゲンはこのコマーシャルの制作に2454時間、108日を費やした。
肝心なエリス役だが、エリスの容姿に似せて髪を短くした俳優が撮影を行い、ディープフェイクという顔の部分だけを入れ替える技術を使って作られた。 最終的な仕上げは米国の制作会社が担当した。

|感動のあとのモヤモヤ感

このコマーシャルが発表された直後に「感動!」と大絶賛して動画を拡散したのはルーラ大統領夫人であった。
ジャンジャ夫人は普段から積極的にブラジル音楽界のアーティストと交流し、夫の大統領就任式の後に大規模な音楽フェスティバルを企画したほどである。若い人々(特に女性)から支持されているルーラ政権の重要人物だ。
そんなジャンジャ夫人に続き、多くの著名人たちがこの動画をSNS上で広め、その多くはポジティブな意見だった。

私自身も、最初に観た時はジーンとするほどで、エリスの大ファンである日本の友人とその感動を分かち合っていたのだが、しばらくすると風向きが変わりはじめた。

|エリス・レジーナと軍事政権

「もしエリスが生きていたら、フォルクスワーゲンのコマーシャルに出演していただろうか?」

こんな一言がSNSで広がり始めてから、多くの人が動画について考え直しただろう。
この際、2つの点が注目された。

1つ目はワーゲンが選んだ「Como nossos pais」という楽曲である。
同曲が発表されたのは1976年、ブラジルは軍事独裁政権下であった。
当時、発表される楽曲はすべて軍部による検閲が行われていたため、歌詞に二重の意味をもたせた楽曲が多く生まれている。

「Como nossos pais」(直訳:私たちの親のように)は軍事政権によって表現の自由を奪われた若者から世代間を越えた叫びとして作られ、軍事政権が幕を閉じてから40年近くが経とうとする今でもブラジルの歴史上重要な楽曲として受け継がれている。

2つ目はエリス・レジーナの当時の立場である。
彼女に関する記事にも書いたとおり、エリスは軍部から非常に強い圧力をかけられていた。
他のアーティストが亡命を余儀なくされる中、その中でも群を抜いて人気があったエリスは軍部に利用され、国民からブーイングを受け悩まされたのだった。

また、エリスが最も恐怖を感じていたのは、愛する家族が軍部からの脅迫によって危険にさらされることだった。
残念なことにエリスは1982年、ブラジルが民政移管する前に亡くなってしまったが、貴重なインタビューやテープには軍事政権に激しく反対する声が残されている。それに反してワーゲンは軍事政権を支持していた。

「軍事政権の恩恵を受けていたフォルクスワーゲンが過去を忘れ、反軍事政権の楽曲を使ったコマーシャルの制作すると言ったら、エリスは引き受けていただろうか?」 ということなのだ。

|故人の功績や意志

これに対し「ワーゲンの軍事政権支持は過去のことなのだから」という意見も多かったが、やはり冷静になって考えてみると、故人をよみがえらせ、過去の功績や意志と関係なく勝手に出演させるというのは倫理的にどうなのか。
以降、感動は議論に発展した。

私なりにいろいろ考えているうちに、AIを利用して自分の声をアニメ声優の声に変えたブラジル人Youtuberの動画が波紋を呼んだ。 その直後、アニメ『ドラゴンボール』ブラジル放送にてポルトガル語吹き替えを担当したウェンデル・ベゼーハが自身のYoutubeチャンネルにてAIと吹き替えについて説明する動画を投稿。
エリスの件に限らずエンターテイメント業界でもAIについて議論が行われるようになった。

このエンターテイメント業界におけるAI介入は世界でも大きな問題となっている。

トム・ハンクスは自身の死後も映画に出演し続けると信じる一方で、ハリウッドの俳優組合はストライキを起こした。
細菌感染症で入院(現在は退院)したマドンナも自身の死後のイメージ使用を禁止すると発表している。

ブラジルでも7月24日、下院議員ベネジート・ダ・シルバが「AIにおける故人のイメージ利用」についての法案を提出。
これが可決されれば、死後AIによる"よみがえり許可"を遺言に残した者のみ利用可能となる。

確かに、著名人や芸能人が普段から積極的に政治について発言をするブラジルでは、AIによって作られたイメージが政治的に利用される懸念がある。故人に限らず、フェイク動画も出てくるだろう。
更には遺族が金銭目的で故人の意志に反することをさせる可能性も考えられる。
やはり倫理的な問題が大きいと感じる。早急に対策が必要だ。

よみがえったエリス・レジーナは、感動を与えてくれただけでなく、重要な警告を私たちに知らせてくれたように感じた。
当時と同じように、その偉大な影響力で。

ぜひ本物のエリス・レジーナが歌う「Como nossos pais」をご覧いただきたい。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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