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ドバイ像の砂上点描

Mona|UAE

ドバイ、低所得者向け「違法な」過密住宅一斉摘発の衝撃

2025年を振り返ると、UAEドバイのニュースといえば、「隣国から隣国にミサイルが撃たれる」とか「ドバイチョコの大流行」「ドバイファウンテンの池の水ぜんぶ抜く」などさまざまな話題があった。今回はそれらではなく、多くのドバイ市民の生活を一変させたものの、日本では報道されなかった出来事を紹介したい。それは、違法な低所得者向け過密住宅の一斉摘発である。

■シェアハウスと「パーティション」

どこの国でもそうだろうが、予算に限りがある人にはシェアハウスに住むという選択肢がある。そして、シェアハウスの中にも「ランク」がある。

まず、一部屋に一人ずつ住み、キッチンだけ共有するタイプ(例:3LDKに3人)。家賃は、地域にもよるが月4,00AED〜(約16万円〜)。これはホワイトカラーや先進国出身者にとっても、一般的な選択肢のひとつだ。大手航空会社の社宅もこのタイプ。

それより圧倒的に安いのが、一部屋に複数人が住むタイプ(例:3LDKの、各部屋に8人ずつ。物件全体では3x8=24)。この場合、何人まで許可されている物件なのか、そして個人スペースをどう区切っているか、が今回の話題の鍵となる。

本来その建物にはなかった壁を違法に付け足して、各部屋をこまかく分けたのが「パーティション」と呼ばれる「物件」だ。ネットカフェの個室を想像していただければ、かなり近い。月600AED(約24,000円)ほどで住めるケースもある。

この「パーティション」は、小売、サービス、ロースキルの事務方など、ドバイの低所得者層の間では一般的な居住形態で、ブルーカラー労働者たちの「ベッドスペース(三段ベッドの一床が個人スペース)」よりはワンランク上の居住形態と言える。

こういった居住形態は、法で定められた単位面積あたりの居住可能人数を超えることがあるし、当然ながら防災の面から大変危険で、日本でいう消防法に違反する。しかしあまりにも普及しているため、これまで一種のグレーゾーンとして「見てみぬふり」をされてきた。それが今年2025年の夏、一斉摘発されたのである。

■超高層アパートの火災

ことの発端は、2025年6月13日深夜、マリーナ地区の67階建て超高層アパートで発生した火災である。このアパートには764室、3,820人の住人が暮らしていた。火は6時間で消し止められ、この火事による死者、怪我人はいなかったと報じられている。翌朝には火はもう落ち着いていたものの、マリーナの高層ビル群の中から立ち上る煙は、昼過ぎまでドバイの各地から見られた。

このアパートの764室の中には、法で許可された以上の人数が過密状態で居住している部屋が多々あり、そのことが避難や消化活動の妨げになった。また、過密シェアハウスの住民たちは、貸主と個人的に契約をしており(又貸し状態)、自分名義の公的な賃貸借契約書を持たない。そのため、火災の被害を訴えてもそこに住んでいたことを証明できず、なんの権利も持たなかった。

これがきっかけで、これまで「見てみぬふり」をされていた過密住宅にメスが入ることとなったのである。

■一斉摘発の開始

火事から数日後、当局から一斉摘発を行う旨が通知されると、ドバイ各地のパーティションの居住者やオーナーは大混乱に陥った。デイラ、アルリッガ、サトワ、アルバルシャ1などの地域に、当局が次々に訪問。「そんな人数が入居しているなんて知らなかった。僕はあくまで3人暮らしだと聞いていた」などとしらばっくれるオーナーも。SNSには、違法に増築された壁をハンマーでぶち壊す様子や、突然の退去命令に大きな荷物を持って「私は今夜どこで眠ったらいい?」と語るショート動画が溢れた。

地域住民としては、「過密状態で住んでいる人が多いアパートは、あのアパートとあのアパート」という認識はあるものだ。そういった物件から、アパートの部屋数とは不釣り合いな人数が、大荷物を抱えて退出していく様を目の当たりにした。

しばらくすると、そのような物件の前には立ち入り禁止のテープが貼られ、窓から伺い見るに、室内の「余分な」壁が取り払われ、本来の壁だけに戻される内装工事が行われている様子が窺い知れた。

■カフェ店員の場合

私が今まさにこの文章を書いている喫茶店で働く、ウガンダ人女性店員のNさんも、その影響を受けた一人だ。Nさんはウガンダに幼い息子を残し、単身ドバイで働いている。Nさんの月給は3,000AED、日本円にして約12万円。その中の1,200AEDを家賃に充て、アルリッガ地区の「パーティション」に暮らしていた。しかし一斉摘発の対象となり、警告から24時間以内にその部屋をかばん一つで退出することを要求された。彼女がたどり着いたのは、月900AEDの「ベッドスペース」。壁を設置するパーテーションは禁止なので、個人スペースの仕切りはカーテンのみだそうだ。

「一部屋あたりの人数は、実は前に住んでいたパーティションと同じ。区切りが、簡易壁なのかカーテンなのか。そこが違うだけ」とのこと。

「カーテンだから、全ての音が聞こえて落ち着かない。けど、まぁ、安くなったから良しとしようかな。息子に仕送りできる金額が増えたって思えば、ハッピー!サンクス、ゴッド、ハッピーライフ!イエーイ!」と、私にハイタッチを求めた。

■賃金と雇用と住宅事情

この一連の騒動で、もっとも言われたことが「低所得者層の賃金と家賃の見合わなさ」である。「安いシェアハウスが違法なのであれば、まずは人が真っ当な部屋を借りられる給料、または社宅を支給すべきではないのか」と。

2026年1月より、UAE現地人の最低賃金は6,000AEDと法が定めた。一方で、外国人労働者に対する最低賃金は未だ設定されていない。月2,000AEDで人を雇用することは合法だが、その予算で借りられる寝床は違法。見て見ぬ振りをされてきたこの矛盾に、この街が向き合わざるをえない時が刻々と近づいているのかもしれない。

(UAE現地新聞社「The National」 公式YouTube チャンネルより)

 

Profile

著者プロフィール
Mona

アラブ首長国連邦ドバイ在住。東京外国語大学卒。日系ベンチャー、日系総合商社、湾岸系資本の現地商社等での勤務経験を元に、雑誌・ラジオ・Web媒体でドバイ現地情報や中東ビジネス小話を発信中。「地に足のついた」ドバイ像をお届けする。ドバイ在住11年目。ペルシア語使い。

ブログ「どうもヒールが砂漠に刺さる」

Twitter:@Monataro_DXB

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