
ドバイ像の砂上点描
ドバイ低所得者向け過密住宅一斉摘発の衝撃
2025年を振り返ると、ドバイのニュースといえば、「ドバイチョコの大流行」「ドバイファウンテンの池の水ぜんぶ抜く」などさまざまな話題があった。今回はそれらではなく、ドバイの多くの住民の生活を一変させたものの日本では知られていない出来事を紹介したい。違法な低所得者向け過密住宅の一斉摘発である。
居住形態「パーテーション」
どこの国でもそうだろうが、予算に限りがある人にはシェアハウスに住むという選択肢がある。そして、シェアハウスの中にも「ランク」がある。
一部屋に一人ずつ住み、キッチンだけ共有するタイプ(例:3LDKに3人)はある程度以上の所得がある先進国出身者にとっても、一般的な選択肢のひとつだ。航空会社の社宅もこのタイプ。
それより圧倒的に安いのが、一部屋に複数人が住むタイプ(例:3LDKの、各部屋に6人ずつ。物件全体では3x6=18)。この場合、個人スペースをどう区切っているかが今回の問題の鍵である。本来その建築物にはなかった壁を違法に増築したものが「パーテーション」と呼ばれる物件だ。ネットカフェの個室を想像してもらえば良い。
小売、サービス、ロースキルの事務方など、ドバイの低所得者層の間では一般的な居住形態で、ブルーカラー労働者たちの「3段ベッドの中の一段のみ」よりは「ワンランク上」の居住形態である。
これは法で定められた、面積あたりの居住可能人数を超えることがあるが、あまりにも普及しているため、一種のグレーゾーンとして「見てみぬふり」をされてきた経緯がある。それが今年2025年の夏、一斉摘発されたのである。
超高層アパートの火災
ことの発端は、2025年6月13日深夜。マリーナ地区の67階建て超高層アパート「Marina Pinnacle」で発生した火災である。このアパートには764室、3,820人の住人が暮らしていた。火は6時間で消し止められ、翌朝にはもう落ち着いていたものの、マリーナの高層ビル群の中から立ち上る煙は、ドバイの各地から見られた。この火事による死者、怪我人はいなかったと報じられている。
しかし、この764室の中には、法で許可された以上の人数が過密状態で居住している部屋が多くあり、そのことが避難や消化活動の妨げになった。これがきっかけで、これまで「見てみぬふり」をされていた過密住宅にメスが入ることとなったのである。
一斉摘発の開始
火事から数日後、ドバイ政府からその旨が通知されると、パーテーションの居住者やオーナーは大混乱に陥った。「そんな人数が入居しているなんて知らなかった。僕はあくまで3人暮らしだと聞いていた」と主張するオーナー。SNSには、違法なパーテーション壁がハンマーでぶち壊される様子や、大きな荷物を持って「どこに行ったらいい?」と語るショート動画が溢れた。
地域住民としては、「過密状態で住んでいる人が多いアパートは、あのアパートとあのアパート」という認識はあるものだ。そういった物件から、アパートの部屋数とは不釣り合いな人数が、大荷物を抱えて退出していく様を目の当たりにした。
しばらくすると、そのような物件の前には立ち入り禁止のテープが貼られ、窓から伺い見るに、室内の「余分な」壁が取り払われ、本来の壁だけに戻される内装工事が行われている様子が窺い知れた。
カフェ店員の場合
私が今まさにこの文章を書いている喫茶店で働く、ウガンダ人女性のNさんも、その影響を受けた一人だ。Nさんはウガンダに幼い息子を残し、単身ドバイで働いているという。Nさんの月給は3,000AED、日本円にして約12万円。その中の1,200AEDを家賃に充て、アルリッガ地区の「パーテーション」に暮らしていた。しかし一斉摘発の対象となり、その部屋をかばん一つで退出することとなる。彼女が次にたどり着いたのは、月900AEDのシェアルーム。壁を設置するパーテーションは禁止なので、ルームメイトとの仕切りは「カーテンのみ」だそうだ。
「一部屋あたりの人数は、前に住んでいたパーティションと同じ。区切りが、簡易壁なのかカーテンなのか。そこが違うだけ」とのこと。
「カーテンだから、全ての音が聞こえて落ち着かない。けど、まぁ、安くなったから良しとしようかな。息子に仕送りできる金額が増えたって思えば、ハッピー!サンクス、ゴッド、ハッピーライフ!イエーイ!」と、私にハイタッチを求めた。
賃金と雇用
この一連の騒動で、もっとも言われたことが「低所得者層の賃金と家賃の合わなさ」である。パーテーションを摘発するのであれば、まずは人が一部屋を借りられる給料を支給すべきではないか。ドバイは今、この問題に直面している。

- Mona
アラブ首長国連邦ドバイ在住。東京外国語大学卒。日系ベンチャー、日系総合商社、湾岸系資本の現地商社等での勤務経験を元に、雑誌・ラジオ・Web媒体でドバイ現地情報や中東ビジネス小話を発信中。「地に足のついた」ドバイ像をお届けする。ドバイ在住11年目。ペルシア語使い。
Twitter:@Monataro_DXB


























































