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河浦美絵子|台湾

明日は休み?――台湾の「台風休暇」制度が生む期待と混乱のリアル

台風の進路と勢力は、市民生活や「台風休暇」の判断に大きな影響を与える。 Image: Shutterstock

台風が近づくたび、台湾のSNSは「颱風假(台風休暇)」をめぐる歓喜と不満の声で溢れる。実はこの「台風休暇」、日本にはない独特な制度だが、よく見ると制度としてのグレーゾーンも多い。この記事では、その仕組みと社会への影響を読み解いてみたい。

■台湾ならではの風物詩『台風休暇』の仕組み
7月から9月にかけての台風シーズン、台湾では「台風休暇」の発表が市民の熱い注目を集める。台風の影響が懸念される場合、各地方政府は中央政府の基準に基づき、休業・休校措置を判断。原則として前日20時頃に「出勤」「登校」の有無を発表するのだ。

この制度の特徴は、

「上班上課」(出勤、通学は通常通り)
「停班停課」(出勤、通学、全面停止)
「上班停課」(出勤は通常通り、通学は停止)

という3パターンで運用されている点。発表はテレビのテロップや行政院人事行政總處のウェブサイト、SNSなどを通じて即座に伝えられ、毎回「#颱風休暇」がトレンド入りするほど話題に。「やった!明日は休みだ!」「なぜうちの地域だけ出勤なの!?」といった悲喜こもごもの声がSNSにあふれ、毎年台風シーズン恒例の台湾ならではの風物詩となっている。

■台風休暇の判断基準:風速・雨量と地方政府の裁量
行政院人事行政總處のガイドラインでは、以下の条件を満たす場合に出勤・登校停止が適用される:

・平均風速7級(約14m/s)以上
・瞬間最大風速10級(約25m/s)以上
・1時間または24時間雨量が基準値超過

最終判断は各地方政府に委ねられており、地形条件、交通インフラの状況、災害発生リスクなどの要素も加味される。台北市の記録では2024年では7月に2日間、10月に3日間の計5日間、台風休暇が発表されている。


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2024年の「台風休暇」実績(台北市) 7月の凱米台風(台風3号)では24日・25日が休業・休校に。10月には山陀兒台風(台風18号)で2~3日、康芮台風(台風21号)で31日が「通勤・通学停止」と発表された。 台北市政府の発表を基に筆者が作成

■台風休暇のグレーゾーン:法的拘束力と労使のジレンマ
台風休暇制度は、従業員の安全を守る一方で、意外なほどのグレーゾーンが多い。政府発表の「出勤・登校停止」は強制力のない勧告に過ぎない。

制度の核心的な問題は、その「半強制」的な性格にある。従業員は居住地や通勤経路が対象区域であれば出勤を拒否できる権利を持つが、その代償として給与が支払われない可能性が高い。一方、企業側は、業務継続の必要性と従業員の安全確保の間で板挟みになる。特に医療・運輸・小売など社会機能維持が求められる業種では、このジレンマが顕著だ。

制度の最大の欠点は、緊急時の労使関係を規定する明確なルールが存在しないことだ。給与や責任の所在は各企業の裁量に委ねられ、台風通過後には必ずといっていいほど労使間の調整が必要になる。一見、従業員に優しい制度のように見えて、実は多くの不確定要素を抱えたまま運用されているのが現状である。

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台風による倒木でバイクが下敷きに。出勤・外出リスクは個人に委ねられているのが現状だ。 Image: Shutterstock

■台風休暇の思わぬ影響:市民生活にのしかかる"制度のゆらぎ"
そんなグレーゾーンは市民の生活にも影響を与える。

今月初め、台湾中南部を襲った台風3では、北部を除く広範囲で「出勤、通学、全面停止」が発表された。中部に住む友人は、3か月待ちでようやく予約が取れた公立総合病院の心臓専門医の診察日が台風休暇と重なってしまった。当日、病院の受付は開いていたものの、医師の出勤状況はばらばらで、彼女の担当医は休診となっていた。

「次回の予約を改めて取り直してください」と告げられた友人は納得がいかず、必死に訴えたところ、ようやく翌週の予約を確保できたというが、このような事例は決して珍しくない。

学校や官公庁は休みとなる一方、病院や交通機関は部分運転となるケースが多く、市民はどのサービスが利用できるのか事前に把握できないのだ。

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台風休暇の日、病院では医師の出勤状況が読めず、受付前には混乱気味の列ができていた。 筆者の友人撮影

■台風休暇の判断はなぜ揺れる?進路変更と市民の声の狭間で
2024年の台風3号来襲時、台中市は当初、20時に「通常通り出勤・登校」を発表したが、23時には「出勤・登校停止」に判断を変更するという事態があった。わずか3時間でなぜ判断が変わったのか。

台中市政府からは台風の進路が変わったためとの説明がなされたが、市民からの「安全を軽視している」強い反発や抗議が殺到したことが変更の一因ではないか、という憶測もささやかれた。

SNS上では「市民の声に迎合した判断」といった批判の声も見受けられ、このような不安定な台風の進路に翻弄される決定の揺れも制度の課題の一つである。

■台風休暇の経済インパクト:証券市場の休市が投げかける課題
台風休暇は市民生活だけでなく、経済活動にも直接的な影響を及ぼしている。台北市政府が「出勤・登校停止」を発表した場合、台湾証券取引所(TWSE)は安全上の理由から、原則として前日休市となる。これに伴い、企業の決済や受け渡しなどの業務も翌営業日に順延される仕組みだ。

2024年10月、台風21号による台風休暇が発表された際には、台北の株式市場も臨時休場となった。注目すべきは、この直前まで市場が連日下落を続けていた点である。投資家の不安が高まる中での休場発表を受け、SNS上では「暴落回避の神対応」「台風で市場が守られた!」「最も効果的なストップ安対策」「救世主級の颱風」など、さまざまな反応が噴出し、台風休暇がもたらす予期せぬ副次効果が、活発に議論される一幕となった。

■制度と現場のはざまで進化する「共生の知恵」
台湾の台風休暇制度は、自然災害の多い地理的背景と、行政と市民の距離が近い社会的特徴から生まれた。台風の進路も、制度の線引きも、最後まで読めない。時に台風の進路が大きく外れ、台風休暇が晴天に恵まれる──そんなケースも過去には何度もある。そうした日は、朝から街の商業施設、映画館やカラオケ店が賑わう。

しかし本質は変わらない。たとえ判断が揺れようとも、台湾社会が守り続けている、その根底には「命を守る」という、ごく当たり前の願いがある。

 

Profile

著者プロフィール
河浦美絵子
日本企業の台湾拠点にてコンサルティング業務に従事するかたわら、キャリア支援や自己啓発、台湾社会に関するテーマでのセミナー登壇や執筆、個別サポートなども行う。
専門はキャリアトランジションやライフデザイン。海外在住歴は通算30年。異文化で暮らす日本人の視点を活かし、現地のリアルな空気を伝える。
趣味は旅、マラソン、美味しいもの探し。

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