
人情味の溢れる台湾で暮らす日々
台湾で進む無糖化政策:制度と嗜好のギャップ

■ 甘味衝撃:台湾飲料の無糖化以前
1990年代前半、筆者が台湾に暮らし始めた当初、市販ウーロン茶の甘さに衝撃を受けた。緑茶も紅茶も例外なく甘く、無糖選択肢は皆無。コーヒーでさえ砂糖なしを求めるなら高級ホテルのラウンジまで行く必要があった。
路上のドリンクスタンド(手搖飲)ではさらに極端で、700㏄カップに角砂糖15個分(約60g)に相当する甘味が投入されるのが常態。甘党の筆者ですら「これは飲料というよりデザートでは?」と躊躇するほどの強烈な甘さだった。
■税制も後押し、無糖化加速へ
しかし、この数年、台湾の飲料市場では無糖化が明確に進んでいる。一般市民の健康志向の高まりに加え、政府も「健康台湾」政策の一環として制度面からこの動きを支援している。
特に注目されるのが、糖類を添加していないパッケージ飲料、いわゆる無糖飲料への物品税(貨物税)の見直しだ。現行の法令では、純天然果汁や保健機能飲料は非課税。希釈された果菜ジュースには8%、そしてそれ以外の飲料には一律15%の物品税が課されている。このため、たとえ無糖であっても「その他の飲料」に分類される限り、加糖飲料と同様に高税率の対象となっていた。
これが2025年6月、立法院財政委員会での修正案可決により、条件付きながら無糖飲料の非課税化への道が開かれたのだ。(立法院公式発表)
制度の裏側には、台湾で増加する糖尿病や肥満といった代謝性疾患に起因する医療支出の拡大がある。近年では、これらの疾患による健保支出の増加が深刻化しており、政府にとっても無視できない財政課題となっていた。
また、台湾国民健康署の調査によると、台湾の中学生の過重・肥満率は30.6%、高校生では28.9%に達しており、青少年の肥満率はアジアでも高い水準にあるとされている(出典:国民健康署『112年健康促進統計年報』)。
無糖飲料の普及を通じて生活習慣の改善を図り、予防医療による医療費の抑制につなげたい――これが今回の政策の核心でもある。あわせて、企業が減税分をきちんと価格に転嫁するかどうかを監視する体制づくりも求められている。
■流通とメーカーの無糖シフト
制度の後押しと並行して、流通やメーカーの現場でも無糖商品のラインナップ拡充が加速している。コンビニエンスストアやスーパーマーケットの飲料棚を見渡せば、かつては少数派だった「無糖」「シュガーフリー」といった表示が目につくようになり、特にお茶類では、無糖が「選べる選択肢」から「定番のスタイル」へと変化しつつある。
こうした動きの背景には、健康志向の高まりだけでなく、飲料メーカー各社が無糖を新たな市場機会ととらえ、商品設計やパッケージ訴求を進化させていることがある。「カロリーゼロ」「添加物不使用」などの表記は、単なる栄養成分の説明にとどまらず、ブランドイメージそのものを形づくる要素として機能している。
台湾で伝統的に親しまれてきた豆漿(豆乳)もその一例だ。かつては朝食店で提供される甘い豆乳が一般的だったが、現在では、「無加糖」の表示を意図的に目につきやすくデザインしたパッケージ製品が多く並ぶようになり、健康志向の高い層を中心に根強い人気を集めている。また、豆乳に限らず、無糖のアーモンドミルクやオーツミルクなど、植物性ミルクのカテゴリでも無糖化が進んでおり、代替乳市場の拡大とも呼応している。
■手搖飲スタンドとの甘さのギャップ
とはいえ、市場全体が無糖一色というわけではない。街中に点在する手搖飲(ドリンクスタンド)では、依然として甘いミルクティーやフルーツドリンクが圧倒的な人気を誇っている。中でも、タピオカミルクティーなどの定番商品は、老若男女問わず根強いファンを持ち、その文化的存在感は一種の「台湾らしさ」としても定着している。
冷たくて甘いドリンクは、台湾の亜熱帯気候において、単なる嗜好品ではなく、身体をクールダウンさせる手段のひとつとしても機能している。特に、長時間の通勤・通学や屋外活動のあと、糖分のある飲み物で気分をリセットするという行為は、生活習慣の中に自然に組み込まれている。SNS映えするカップデザインや限定フレーバーの登場など、各ブランドのマーケティング戦略も甘さの魅力を巧みに演出している。
■甘さか無糖か──広がる飲料の価値観
実際に、1杯700ccのミルクティーには、前述の角砂糖15個分に相当する約60gの砂糖が使われているとされ、これは世界保健機関(WHO)が推奨する1日の砂糖摂取量(25g)を大きく上回る。糖分摂取のリスクは以前から指摘されていたが、近年では、それを「個人の好み」ではなく「社会全体の課題」として捉える空気が浸透し始めている。
飲料市場では、制度や流通の後押しを受けて無糖化が進展している。一方で、加糖飲料へのニーズも依然として高く、多様な選択肢が共存している現状も見逃せない。
健康か、嗜好か。制度が導く未来と、日々の選択とのあいだで、台湾の飲料文化は今も揺れながら、少しずつその輪郭を変えつつある。

- 河浦美絵子
- 日本企業の台湾拠点にてコンサルティング業務に従事するかたわら、キャリア支援や自己啓発、台湾社会に関するテーマでのセミナー登壇や執筆、個別サポートなども行う。
専門はキャリアトランジションやライフデザイン。海外在住歴は通算30年。異文化で暮らす日本人の視点を活かし、現地のリアルな空気を伝える。
趣味は旅、マラソン、美味しいもの探し。