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中東から贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト

エジプト在来種・バラディ猫の魅力に迫る

療養期間中に洋服を着せられて不服そうなバラディ猫 ー 筆者撮影

この夏、ひょんなことから我が家にやってきたエジプト在来種バラディ猫。振り回されながらも、その存在にすっかり魅了されてしまいました。

newsweekjp_20251001152230.jpgまだ出会った間もない頃のバラディ猫。餌を他の猫に取られないために、家の中に招き入れて餌やりをしていました。この頃は痩せていました。ー 筆者撮影

ちなみに「バラディ (Baladi)」とはアラビア語で「ローカルの」「地元の」という意味。猫や犬におけるバラディとは、血統書付きの品種ではなく、街角で暮らす地元の雑種を指します。

出会いと始まり

きっかけは、私のアパートの庭に現れるようになった子連れのバラディ猫。その深いグリーンの瞳に心を射抜かれた私は、この猫を見かけると毎回餌をやるようになりました。やがて私にすっかり懐き、遠くからでも高い木の上からでも一目散に駆け寄ってくる姿にますます愛着を感じるようになりました。

「外での生活は大変だから、この猫に少しでも良い暮らしをさせたい」と思い立ち、避妊手術を決意。翌日にはリリースできるという獣医さんの言葉を信じて、軽い気持ちでした。ところが術後に化膿してしまい、予想外にも長い療養生活が必要となりました。全く予期せずに、病気のバラディ猫を家に迎え入れることになった私...。こうして私の夏は初めから終わりまで猫と共に過ぎていったのです。

この記事では、エジプトのバラディ猫の魅力とその特性に迫ります。猫にフォーカスしているとはいえ、エジプトではバラディ犬もほぼ同じ過程を経て現代まで生き残ってきたため、ここで紹介する内容はバラディ犬にも当てはまります。

古代エジプト人と犬・猫との関わり

エジプト全土に点在するファラオ時代の神殿の壁や柱には、猫や犬の姿が繰り返し描かれています。古代エジプト人にとって、猫や犬は生活を共にするものであり、宗教的にも精神的にも重要な存在だったといえます。

近年、コーネル大学 (Cornell University College of Veterinary Medicine) と提携する Embark Veterinary の DNA 分析では、エジプトのバラディ犬が現代の犬種とは異なる古代の遺伝子を持つことが証明されました

この研究の過程で一躍注目を浴びたのが、エジプトで保護されたバラディ犬「アマル」です。エジプトの街角で虐待されていたアマルは、動物愛護団体を通して米国の家族の元へ引き取られました。米国での DNA 検査により、アマルには現代犬種の DNA は含まれず、15,000 年以上前 にまで遡る独自の遺伝子系統を持つことが明らかになりました。さらに、検査された 171 種類の遺伝性疾患も確認されず、遺伝的に非常に健康な犬であることことも分かりました。バラディ犬は人間による交配が一切行われなかった全くピュアな種なのです。

猫についても同様に、エジプトのバラディ猫は人間による交配の影響を受けずに生き延びており、古代の特徴を色濃く残していることが研究から分かっています。バラディ猫も遺伝的に強く健康。つまり、いまエジプトの街角で見かけるバラディたちは、ファラオ時代の碑文や記録に描かれた犬や猫の「直系の子孫」と言えるのです。

バラディにとっての厳しい現実とサバイバル精神

カイロを訪れた人ならすぐに気づくと思いますが、街には猫も犬もあふれています。トルコとりわけイスタンブールは猫の街として知られていますが、そのイスタンブールに負けないほど。ただトルコと違うのは、エジプトの猫たちは (犬たちはもちろんのこと) 良いお世話を受けているとは到底言えないという点。

多くのエジプト人には、野良猫・野良犬たちに餌をやるという発想すらなく、野良たちは残飯やゴミをあさる存在。キャットフードやドッグフードの存在すら知らないエジプト人もいます。 かつて神として崇められた動物たちが、今や街の片隅で飢えや病気に苦しんでいるのは何とも皮肉な現実です。

悲しいことに、この記事を書いている 2025 年 10 月 1 日に飛び込んできたのは、あの有名なピラミッドがあるギザ市で、500 匹以上のバラディ犬が毒殺されたというニュース。

実はエジプトに移動することを決めたとき、一番心が痛んだことの一つが野良猫・野良犬のこの惨状です。トルコでも確かに可哀想な野良犬や野良猫はいます。それでもトルコでは野良猫・野良犬への配慮が文化として根付いています。しかしエジプトではまだまだ人間の助けを得られない状況です。犬嫌い・猫嫌いなエジプト人も多く、毒殺などについて耳にすることは珍しくありません。

一方で、エジプト国内にも動物愛護団体は存在し、こうした惨状に声を上げ続けています。しかしこうした団体の活動そのものを疑問視する声もエジプトでは根強くあります。「動物にかける時間・お金・労力を人間に使うべきだ」という声です。バラディ犬や猫たちの惨状が改善されるまでには、長い長い道のりがあると言わざるを得ません。

エジプトのブランド猫「エジプトマウ」とバラディ猫の違い

猫好きなら一度は聞いたことがあるかもしれない「エジプシャンマウ」または「エジプトマウ」。自然発生の斑点模様を持つ、世界で最も古い猫種の一つとされています。ちなみに古代エジプト語で「マウ (Mau)」という言葉は、猫を意味していたといわれています。

newsweekjp_20251001152510.pngAI が生成したエジプシャンマウとバラディ猫

古代エジプトでは猫が崇拝されており、Bestet という猫の形をした神として崇められていました。特に穀倉地帯で、Bestet を祀った神殿がよく見られたようです。

newsweekjp_20251001151238.jpgお土産物屋さんにあった Bastet の像 ― 筆者撮影

紀元前 1550 年頃のパピルスやフレスコ画には、現代のエジプシャンマウに似た斑点猫が描かれています。

時代は進み、このマウ猫たちはやがてエジプトの貴族や外交官の間でペットとして飼われるようになったようです。在イタリアのエジプト人外交官もその一人だったようです。

当時イタリアに住んでいたロシアの王女ナタリー・トルブツコイがこの外交官が飼っているマウ猫を見かけ、その魅力に心を奪われた彼女は他のマウをエジプトから探し出して繁殖プログラムを始めました。やがて 1956 年に王女がアメリカへ移住した際に、3 匹のマウも一緒に連れて行かれたそうです。

こうしてマウ猫は米国で繁殖が進められた経緯もあり、現在の DNA テストでは主にヨーロッパや北アメリカの血が混ざっていることも判明しています。アメリカに持ち込まれた過程で、ヨーロッパ系の猫との交配があった可能性も否定できません。

その一方で、街角のバラディ猫は人間の手を経ずに生き残った存在。ある意味、バラディの方が古代エジプト猫の遺伝子をより純粋に受け継いでいるといえるのです。

バラディ猫の特徴と魅力

エジプトマウは血統書付きの猫としての立場を確立しましたが、そのマウと同じ祖先を持ち現代にまで生き残ってきたのがエジプトの街角に佇むバラディ猫。ですから、その特性は驚くほどマウに似ています。

ここでバラディ猫の特性を少し挙げたいと思います。

■多彩な毛色と模様: 茶トラ、白黒、サビ柄、グレー、三毛など...エジプトの街角に彩りを添えます。

■額の"M字模様": タビー柄(きじ猫)によく見られるマーク。古代エジプトでは「神の祝福の印」と信じられていました。

■大きなアーモンド型の目: 深いグリーンやゴールドの瞳。砂漠の太陽を反射するように輝きます。

■スリムでしなやかな体と長い後ろ足: 砂漠環境で鍛えられた筋肉質の美しいシルエット。上半身が非常に発達しており、野生美です。

■俊敏さとジャンプ力: 瞬発力は驚異的で、壁や屋根を軽やかに駆け抜ける姿は小さな野生動物のよう。

■賢さと独立心: 自由を愛する一方、信頼した相手にはとことん甘え、強い絆を結ぶ忠実な一面も。

■大きな耳: ピンと立った大きな耳は、砂漠の猫らしい特徴。遠くの音を敏感にとらえ、体温を逃がして暑さを和らげる役割も。

■生命力の強さ: 過酷な環境を生き抜く逞しさ。

古代にルーツを持つこの猫たちは、知能、身体能力、愛情深さの三拍子そろった「真の猫」なのです。

newsweekjp_20251001153027.jpgこちらはシナイ半島のダハブで見かけたバラディ猫の子猫。大きな耳と額の M の模様はまさにバラディそのもの。

バラディ猫たちの未来

エジプト人にも猫好きがいます。でもエジプトで人気の猫といえばふわふわのペルシャ猫 (Shirazi)。実際に動物病院に行くと、連れて来られている猫の 99% は Shirazi ですし、ペットショップで売りに出されているのも Shirazi。

しかし、古代エジプトから続く血統を保っているのは、街角に佇むバラディ猫です。 人間に管理されずに育ったバラディ猫は、遺伝的に強く健康で、知能が発達し、俊敏かつ愛情深い―まさに猫本来の魅力を備えています。

幸い、私が保護したバラディ猫にも Forever Home が見つかり、エジプト人家庭に迎えられる予定です。バラディ猫が欲しいというエジプト人が見つかったことは私にとって嬉しい驚きでした。エジプトでは、バラディ猫を見直す動きが緩やかながら芽生えています。バラディこそ、世界の猫たちの本流であり、世界に誇れる「ブランド」だと信じています。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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