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中東から贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト

炭水化物の祝宴 ― エジプトのソウルフード「コシャリ」が世界遺産になった話

Pixel - エジプト人のソウルフード「コシャリ」

エジプト人のソウルフード「コシャリ (Koshari)」が UNESCO の「2025年 人類無形文化遺産」リストに登録されました。エジプト料理としては史上初の快挙です。

エジプトにはすでに文化遺産が 6 件、自然遺産が 1 件ありますが、今回世界に認められたのは壮麗な遺跡でも神殿でもありません。エジプト発のごく日常的な「どんぶり料理」でした。

観光客の目には地味に映りがちな一皿ですが、エジプト人にとってコシャリは別格の存在です。「国民食」「心の味」「困ったときの味方」---- それらすべてを兼ね備えているのが、コシャリなのです。

そもそもコシャリとは?


一言でいえば、お肉を一切使わない完全なベジタリアン料理です。それにも関わらず、満腹感は驚くほどです。理由は、使われている食材にあります。

お米、レンズ豆、ひよこ豆、パスタ......そう、まさに炭水化物の祝宴です。

そこへ、カリカリに揚げたフライドオニオン、にんにく・酢・クミンが効いた酸味のあるトマトソース、さらに、にんにく・酢・唐辛子を合わせた辛口ソース「ダッア」が加わります。

食べ方に細かい作法はありません。ソースは好きなだけかけ、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べるのが正解です。「全部混ぜてこそコシャリ」-- それがエジプト流です。

街角の主役、それがコシャリ


エジプトの街を歩くと、コシャリ専門店の多さに驚かされます。立ち食い、持ち帰り、配達専門など、店の形態もさまざまです。その理由はシンプルで、安い・早い・腹持ちがいい。まさに庶民の三種の神器がそろっています。

サイズは小・中・大などから選べて、中サイズで 100〜200 円程度(現在のレート)です。道端でプラスチック容器のコシャリを黙々と食べる人々の姿は、カイロではごく当たり前の日常風景です。

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筆者撮影 - テイクアウトしたコシャリ (トマトソースはすでにかけています)

名前の由来と、国際的なルーツ


「コシャリ」という響きは、実はアラビア語らしくありません。正確な語源は分かっていませんが、そのルーツはインド料理にあると考えられています。

1850年代半ばに刊行された探検家バートンの旅行記には、スエズの朝食として「レンズ豆 + 米 + ギー + 玉ねぎ、あるいは漬物を混ぜた料理」が登場します。脚注では、これがインドの Kichhri (キチュリ) に相当し、現地では外来語由来の訛りで「Al-Kajari」と呼ばれている、と説明されています。

つまりコシャリは、インドからエジプトへ渡った料理の末裔である可能性が高いのです。では、なぜそこにパスタが加わったのでしょうか。ここには、イタリアの影響が指摘されています。

古くから交易と文化の交差点だったエジプト。インドの豆ごはんに、イタリアのパスタが合流し、アラブのスパイスで仕上げられた ー コシャリは、まさに歴史を一皿に盛った料理なのです。

家庭料理?それとも外食?

コシャリは、エジプトの家庭でも作られます。とはいえ、正直なところ、かなり手間がかかります。米を炊く、豆をゆでる、パスタをゆでる、フライドオニオンを揚げる、トマトソースを作る、ダッカも用意する...。

工程を挙げるだけでも、その多さが分かります。そのため、「家で作るより、外で買ったほうが早いし安い」と考えるエジプト人も多くいます。その結果、コシャリ専門店が街にあふれ、「国民的テイクアウト飯」として定着しました。

もっとも、「うちのコシャリが一番」と言い切るエジプト人女性も少なくありません。来客時や特別な日には、腕によりをかけてコシャリを作る家庭もあります。私もエジプトを離れる前にとある家庭に招かれて、コシャリをご馳走してもらいました。

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筆者撮影 - ホームメイドのコシャリは温かい素朴な味でした

地味だけど、忘れられない味


見た目は正直、華やかとは言えません。茶色、赤、白、そして玉ねぎ色。インスタ映えとは無縁です。私自身、何度もコシャリを写真に収めましたが、「これだ」という一枚はなかなか撮影できず...。

しかし一口食べると、酸味、辛味、香ばしさ、豆のコクが一気に押し寄せ、気づけばスプーンが止まらなくなります。エジプト人のお腹だけでなく、心までも満たすコシャリ。幼いころからこの味に親しんできた人々にとって、それは忘れられない故郷の味なのです。

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筆者撮影 - テイクアウトではなくコシャリ専門のレストランで食べた時の写真

エジプトを訪れていただく機会があれば、ぜひ観光名所の合間に街角のコシャリを一杯どうぞ。世界遺産は、意外にもプラスチック容器に入っています。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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