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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

クラン・モンタナの悲劇から学ぶ安全と責任

TG4イタリアの公共放送RAI公式YouTubeチャンネルより

| 利益追求が奪った40の命

2026年1月1日、スイスのクラン・モンタナで悲劇が起きた。新年の喜びに包まれるべき瞬間に、地下バー「ル・コンステレーション」は炎に包まれ、40人が死亡し119人が負傷した。この惨事は単なる火災ではなく、経営者の安全無視がもたらした人災である。フランス国籍のジャック・モレッティとジェシカ・モレッティ夫妻は、スイス当局により過失致死容疑で捜査されている。彼らの無責任な経営姿勢が、若者たちの笑顔を永遠に奪い去った。

火災の原因は明白である。スパークリングキャンドルが天井に接触して発火し、窓が破られて酸素が流入した際に火勢は急増した。だがこの物理的な出来事よりも本質的な問題は、建物の構造と経営方針にある。狭い階段と過密状態が避難を極度に困難にし、多くの若者が逃げ場を失った。2025年12月に改装を終えたばかりのこのバーは、新年パーティーの「売り切れ」を宣伝していた。つまり、消防法で定める人数制限を無視し、利益を最大化することを優先させていたのである。

スイスの弁護士ジャン=ピエール・モントリオは、この経営者の過失が刑事責任に値すると指摘している。設計ミスと満員営業の組み合わせは、避けられたはずの惨事を招いた明確な証拠だ。スイス当局は安全基準違反の立証を急ぎ、調査を加速させている。しかし、すでに失われた40人の命は戻ってこない。

| イタリアを揺るがした痛み

犠牲者の多くはイタリアからの観光客だった。16歳のエマヌエーレ・ガレッピーニ氏、マンフレーディ・マルクッチ氏をはじめ、ミラノやローマ、トリノ出身の若者たちが命を落とした。イタリア外務省は50人以上の負傷者を確認し、医療支援を急いだ。
スイス警察は2026年1月5日に40人全員の身元特定を完了したが、遺体の状態が悪く、DNA鑑定がなお進行中である。被害者にはスイス、イタリア、ルーマニア、トルコ、ポルトガル、フランス、ベルギー、英国、イスラエル国籍が含まれるが、イタリア人が相対的に多い。

クラン・モンタナはフランス語圏にありながら、イタリアから車で3から4時間のアクセスの良さが、イタリア人若者の人気を集めていた。2025年のスキーリゾートランキングで「ヨーロッパ最高」に選ばれたこの地は、若者のパーティー文化と結びついていた。その魅力が、皮肉にも若者たちを死へと導いたのである。
イタリア政府は観光客保護を強化する法改正を検討し、国際社会も動いている。EUはスイスに安全基準の抜本的見直しを求めた。この事件は、国境を越えた信頼と責任の欠如を浮き彫りにした。

| 国際医療協力が示した光

しかし、この悲劇の中で国際的な医療協力の光も見えた。スイスの火傷治療専門施設は限られており、ジュネーブ、チューリッヒ、ローザンヌの3病院だけで約40床の容量しかない。119人の負傷者に対応することは不可能だった。スイス政府は近隣諸国に支援を要請し、イタリアが重大な役割を担った。

ミラノのニグアルダ病院が選ばれた理由は、その専門性にある。
2025年に開設されたニグアルダの新バーンセンターは、ヨーロッパ最先端の火傷治療施設として知られている。教授フランツ・ヴィルヘルム・バルファルディ・プライスが率いるこのセンターは12床を備え、レーザー技術や瘢痕管理薬を活用して、感染症対策まで含めた総合的な治療が可能である。2019年のイタリア北部工場火災では、50人以上の火傷患者を治療した実績がある。

結果として、22人の重症患者がニグアルダに移送され、トリノの病院が15人を引き受けた。イタリア外務大臣アントニオ・タジャーニは、「このバーンセンター提供の意向を迅速に示し、スイスとの連携が即座に実現した。このような国際的な医療協力がなければ、負傷者の死亡率はさらに高まっていたであろう。」と語った。

| 観光業の本質的な課題

今回の事件は、グローバルな観光産業の2面性を露呈させた。クラン・モンタナは豪華なホテルと1流のスキー場で知られ、若者から富裕層まで幅広い客層を魅了する。だが、その繁栄が安全を軽視する構造を生んでいたのだ。利益追求が経営判断の最優先となり、消防法の順守は後回しにされた。過密状態とアルコール提供が火災リスクを高めていたにもかかわらず、経営者はそれを無視した。

スイスの安全基準が厳格であるという評判も、今回の事件で揺らいだ。基準が存在していても、その実際の執行が追いつかなかったからである。観光地は確かに地域経済を支える。だが、その繁栄が命を軽視する構造を生むなら、意味をなさない。経営者の過失が刑事罰に値することは明白だ。

| 日本への警告

日本もこの事件から学ぶべき教訓は多い。スキーリゾートや繁華街でのイベントが増える中、安全管理の重要性がいっそう高まっている。クラン・モンタナの悲劇は、避難経路の確保と人数制限の徹底の必要性を改めて突きつけている。日本政府は、観光振興と安全のバランスを取る政策を急ぐ必要がある。自治体は施設検査を義務付け、違反には厳しい罰則を設けるべきだ。若者の命を失った痛みは計り知れない。イタリアの親が涙を流す姿は、日本でも現実となり得る。2026年は、この事件を機に安全基準を強化する年とするべきだ。観光は楽しさと経験を提供する素晴らしい産業である。だが、その前に命が優先されなければならない。それが普遍的な責任である。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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