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ベトナムと日本人

ヨシヒロミウラ|ベトナム

ベトナムの「甘さ」を取り戻した日 ――フランス資本から砂糖を奪還したTTCの15年

TTCの砂糖商品。これらの商品はスーパー、コンビニ、個人商店までどんなお店でも売っている。 撮影:ヨシヒロミウラ

ベトナムの朝は、甘い。

ベトナムの朝は、まず氷の溶ける音が心地よい、伝統的なカフェスアダー(練乳コーヒー) をひと口飲むことから始まる。口の中で広がる濃厚な甘さは、練乳の甘さだ。しかし、その練乳を作る基盤には膨大な砂糖が必要だ。ロブスタ種の苦い豆で淹れられた国民的なベトナムコーヒーには、練乳の甘さが絶対必要なのだ。

この「甘さ」は長くフランスの手にあった

だが長い間、この砂糖産業の大きな部分はフランス資本の手にあった。植民地統治が終わっても、所有権はフランスにあるままだったのだ。ベトナム人が日々飲む甘さの源泉が、自国のものではなかったという事実は切ない。

TTCが取り組んだのは「取り返す」戦い

そこに挑んだのが TTC Groupだ。2010年ごろ、彼らはフランス系の製糖企業を買収し、「甘さの所有権を取り戻す」戦いに出た。老朽化した工場、変わらぬ流通、農家の低所得。これはすぐに利益が出る構造ではなかった。それでもTTCは諦めず、ゆっくり粘り強く積み上げた。

砂糖を「資源」から「ブランド」へ」

サトウキビ農園の改善、物流改革、ブランド商品への転換。ただ原料を売る産業ではなく、付加価値を持つ産業へ。そして2022年にTTCはベトナム最大級の製糖企業(市場価値1兆円規模)へ成長した。フランスから受け継いだ工場の錆を落とし、所有権と誇りを磨き直したと言える。

これはM&A成功例ではなく、「歴史の回収」だ

これは単なるM&A成功例ではない。植民地時代の残り香ごと「奪い返した」物語だ。日本企業がベトナムブランドを買収する時、我々はよく「協業」「相乗効果」「ローカライズ」と言う。だがTTCのストーリーは逆だ。外国資本に握られた産業を、ベトナム人が取り返した。甘さの主導権を、再び自分たちの手へ。この視点はとても大きい。国の味覚を形づくる基盤産業が、誰の所有なのか。そこに宿るのは利益だけではなく、誇りだ。

所有者が変わると、味が変わるのだ

私はコクヨに買収されたベトナムの文具会社、ティエン ロンのボールペンを使っていた学生たちの笑顔を思い出す。消費財は文化であり、生活の延長線にある。だからこそ所有権の帰属は、日常の感情にまで影響する。

カフェスアダーの甘さの奥に、15年の物語を

あなたがベトナムに来てカフェスアダーを飲む時、その濃厚な甘さの奥に、取り戻した歴史の味が潜んでいると思ってほしい。
この甘さはただの練乳の甘さではない。その裏に、15年の執念と所有権の奪還の思いが流れているのだ。

 

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著者プロフィール
ヨシヒロミウラ

ベトナム在住。北海道出身。武蔵大学経済学部経営学科卒業。専攻はマーケティング。2017年に国際交流基金日本語パートナーズとしてハノイに派遣。ベトナムの人々と文化に魅了され現在まで在住。現在進行形のベトナム事情を執筆。日本製品輸入商社と人材紹介会社に勤務。個人ブログ: ベトナムとカンボジアと日本人 X: @ihiro_x Threads: ihiro_x

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