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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

アスカタスナの終焉と、イタリア社会の分断

| イタリアの国家権力と自治運動の30年戦争

1996年、トリノで始まった「自由」の実験

バスク語で「自由」を意味するアスカタスーナ(Askatasuna)は、1996年10月15日、トリノのヴァンキリア地区コルソ・レジーナ・マルゲリータ47番地で誕生した。
学生デモから分かれた約60人の自治派活動家が、1880年に建設された放棄された4階建てビルを占拠した。元々はOpera Pia Reyneroという慈善事業団の本部で、乳児院を含む複数の施設が統合されていた建物である。
その後、市が購入したものの数十年放置されていたこの建物が、反資本主義、国際連帯、自治管理の拠点へと生まれ変わった。
以来ほぼ30年、アスカタスーナは対権力自治(Autonomia Contropotere)の領域として機能した。

コンサート、夕食会、セミナー、ワークショップが開かれ、No Tav運動(高速鉄道反対)、移民支援、反ファシズム、住宅権闘争といった社会運動の参照点となった。ミラノのレオンカヴァッロと並ぶイタリアを代表する社会センターとして、反体制運動の象徴的存在だったのだ。
ヴァンキリア地区に深く根を下ろし、相互扶助と社会的イニシアチブを提供することで、近隣住民との絆を深めていった。

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| 30年間の緊張と交渉

しかし、この歴史はつねに国家権力との対立を伴っていた。トリノ検察は複数回の捜査、捜索、予防措置を繰り返し、アスカタスナを「抗議時の暴力指向の垂直構造」を持つ犯罪結社と描写した。No Tav関連の破壊行為で数百万ユーロの賠償が要求されたが、2025年3月31日、最も重い犯罪結社容疑は「事実不存在」で棄却された。ただし、個別事件で18件の有罪判決が下された。

転機は2024年初頭に訪れた。トリノのステーファノ・ロ・ルッソ市長(民主党)がアスカタスナと「bene comune」(共有財産)化に向けた協力協定を締結したのだ。建物の1階のみの使用と上層の解放を条件に、文化的価値を認めつつ政治的独立を維持する内容だった。占拠を自動的に合法化するものではなく、共有ルール内の活動を枠づけようとする、現実的な妥協案だったのである。

| 協定の決裂と強制退去

だがこの転機は長続きしなかった。パレスチナ支持デモやラ・スタンパ本社襲撃など、緊張事件が相次いだ。市長は協定違反を理由に協定を即時解除する。2025年12月18日早朝、政治警察(Digos)主導の大量動員による作戦が実行された。建物は接収され、ほぼ30年の継続占拠は終焉を迎えた。アスカタスナは単なる建物の排除ではなく、イタリアの自治運動史における象徴的転換点となったのだ。
この措置はメローニ政権による抑圧政策の一環と位置づけられた。政府は国家への挑戦と捉え、治安維持強化を主張する。左派の一部は合法化プロセスの中断を批判し、新たな対立を生み出した。

その怒りが爆発したのが2026年2月1日である。
アスカタスナの強制退去に対する全国規模の抗議デモが、激しい暴力に発展した。数万人が参加した平和的な行進は、夕刻以降、黒装束の過激派グループが警察と衝突することで一変した。火炎瓶、爆竹、鉄盾を用いた組織的な攻撃が確認され、警察車両が炎上し、市街地に破壊の爪痕を残した。
特に衝撃を与えたのは、29歳の警察官アレッサンドロ・カリスタ氏に対する残虐な襲撃である。10人の覆面した男らに囲まれ、地面に倒された状態で顔面への蹴り、拳、さらにはハンマーによる3回の打撃を受けたのだ。動画が拡散され、国民の怒りを買った。カリスタは頭部外傷を負い入院したが、病院から「自分の義務を果たした」との声明を発表し、職務への献身を示した。警察側全体で31名が負傷し、10人以上の逮捕者が出た。

| 国家の強硬姿勢と分断の深化

この事件に対し、政府と国家機関は即座に反応した。ジョルジャ・メローニ首相は「これらの行為は異議申し立てや抗議ではない。国家とその代表者を標的とした暴力的な攻撃である」と断言した。セルジョ・マッタレッラ大統領は内務大臣マッテオ・ピアンタドージに電話をかけ、負傷した警察官と全治安部隊への連帯を伝えた。副首相のマッテオ・サルヴィーニは「野蛮な映像だ。加害者とその庇護者には懲役以上の罰を」と訴えた。
野党側からも暴力への非難が相次いだ。

ジュゼッペ・コンテ氏(五つ星運動)は「卑劣な行為であり、民主的な異議とは無関係」と明言し、民主党書記長エリー・シュライン氏も「受け入れられない暴力」と表明した。しかし与野党を超えた非難の背後に、イタリア社会の深刻な分断が見え隠れしている。
アスカタスナの退去は単に占拠建物の排除だけではなく、自治運動の歴史的蓄積の否定を意味している。占拠文化の終焉一方で、社会運動の新たな形態を促す可能性も残す。国家は暴力に屈しない姿勢を明確に打ち出したが、根本的な対立は解消されていない。

2月6日のミラノ・コルティナ冬季オリンピック開会式を控えた時期だけに、治安強化の議論は加速するだろう。今回の事件は単なる街頭の衝突ではなく、イタリア社会における自治と秩序の緊張が、いかに深く根ざしているかを露呈したのだ。トリノは今後も、この対立の舞台となり続けるだろう。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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