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コペンハーゲンで考える、生き物の話

姫岡優介|デンマーク

ありふれた未解明

photo from iStock

「ほとんどのことは大昔に解明されているのに、いまの科学者って何をやっているんだろうね」

高校生の頃母が何の気なしに言ったこのフレーズは印象に残っている。

確かに、円周率や三平方(ピタゴラス)の定理は古代ギリシャ時代に発見されているし、きわめて原始的な形であれ、原子論もその頃にはあった。そこまで遡らなくとも二次方程式の解の公式(1637)、ニュートンの運動方程式(1687)、ダーウィン進化論(1859)など耳にしたことのある科学的発見はそれなりに昔にもう"済んで"いる

それでは現代の科学者が研究していることは何なのだろう。人工知能、汎用ロボット、空飛ぶ車にタイムマシン。21世紀現在、身近な現象についての理解はすっかり終わっていて、科学者の仕事はあと100年程度で『ドラえもん』を作れるようなテクノロジーを生み出すことなのだろうか。

良くも悪くも、は人によるかも知れないけれど、誰が見ても身近なのにまだほとんど分かっていない、そんな現象はそこらじゅうに転がっている。

(ここで紹介する研究は僕の専門ではないので最後に参考文献をつけます。気になった方は読んでみてください。間違ってたら直しますので教えてください。)

ガラスは液体なのか

ガラス。窓やコップとして毎日お付き合いしている、あのガラス。またはSNSを見たりスマホゲームをやるために1日にとんでもない回数触れている物質ではないだろうか。これほど身近なガラスの性質が、実はよく分かっていない。

物質には固体、液体、そして気体という3つの状態があるということは誰しもよく知っていることだろう。当たり前のことだけれど、固体は固くてテーブルの上においてもどこかに流れていくことはない。しかし液体には流動性があるのでそんなことをしたら掃除が大変だ。

ガラスはもちろん触ると硬いのだが、実は固体ではなくて「凍結した液体」と呼ぶのが正しい。なぜなら「固体」というのは厳密には図のような規則正しい「結晶構造」というものをもっていないといけないからだ。

ガラスは結晶構造を持たない。ガラスを構成する分子は満員電車のなかの人々のようにぎゅうぎゅうに詰まっていて、互いに押し合いへし合いしている。

結晶構造は一度とってしまえば安定で、分子たちが配置換えをすることはなく、ゆえに硬い。しかしガラスが硬いのは単に分子がおしくらまんじゅうをしているからに過ぎず、その状態は安定という訳ではない。例えば満員電車で誰かが動けば周りも「がさっ」と動くように、長い時間観測しているとガラスの内部では分子の配置換えが局所的に起きている。要は内部でわずかではあるが分子の「流れ」が発生している。これは固体にはない性質だ。

ガラスに関して分かっていないことは多いが、例えば問いのひとつはこの無秩序な状態はガラスの真の姿なのか、それとも十分な時間待てばガラスも綺麗な結晶構造に落ち着くのか、ということだ。

それを知るためにはもちろん実験室で観察をしてみればいいのだが、実はガラス内部の変化はとんでもなく遅い。もし仮に結晶構造に落ち着くことがあるのだとしてもそれは1,000年、あるいは10,000年やそれ以上という、途方もない年月がかかると言われている。困ったことに人間の寿命は100年程度しかないし、子々孫々に観測を続けようという数寄者が現れても、まだ有史以来6,000年しか経っていないことを思い出せば決意も揺らぎそうだ。

数千万年前に形成された琥珀を発掘して調べてみたり、あるいは数学的な理論を構築して分子の動きをシミュレーションしてみたり。多くの研究者がそれぞれのアプローチでこの困難を乗り越えてガラスの本当の姿を探ろうとしている。

泥の記憶

さて次は泥。泥は記憶を持つのだという。

記憶、と言ってももちろん会話の内容を覚えているとか、「ありがとう」と言ったら綺麗な形になるとかそういう話ではない。泥水を乾かした時に生じるひび割れが、乾かす前にどのような方向に揺すったかによって決まるという、至極真っ当な話だ。

炭酸カルシウムや炭酸水酸化マグネシウムといった物質と水を混ぜて泥(いわゆる泥じゃないのだけど便宜上泥と呼ぶことにする)を作り、円形のシャーレに入れる。全体を均一にならすためには例えばシャーレを左右に回転させるか、あるいは前後にゆする方法がある。

そうやって泥をシャーレ上にならしたあと、泥が自然に乾燥するまでは数日かかる。それだけの時間があれば泥水のなかの細かい粒子たちは十分よく混ざって、数日前にどういう方向でゆすられたかなんて忘れていそうなものだ。

ところが、泥のなかの粒子の密度がある程度大きくなると、泥はゆすった方向や泥水が流れた方向を覚えることができて、その方向に依存したひび割れを起こす。しかもこの記憶は少なくとも1ヶ月は持続するらしい。(この「記憶」のメカニズムは非線形弾性論を用いると説明することが出来る。興味のある方は参考文献を読んでください)


via phys. rev. E

ところで「泥がどうひび割れるか」をなんて、どうして調べる必要があるのだろう。こういった研究は「破壊力学」と呼ばれ、物体が急激に壊れる(陶器やガラスが割れる、タイヤが破裂する、などなど)時にどのような法則があるのかということを調べる分野に属している。

「破壊」というのは実は結構難しい。例えば陶器が割れる場合には目には見えない程度の微小な傷や不純物の有無で壊れ方が大きく変わってしまうので、その理論を作ることは容易ではない。そのうえ、もし仮に理論が出来たとしても、傷や不純物を完璧に制御して加工をするというのはコスト面でかなり厳しいだろう。

しかし、泥で観察された「ひび割れの記憶」のようなものが他の物体にも存在するのであれば、壊れ方は予想できないかも知れないが、特定の壊れ方をするように製品をつくることは出来るのではないだろうか。泥と同様に何らかの方法で例えば陶器に記憶を植え付けることができれば、それが割れる際には基本的にはある方向にしか割れず、安全なはずだ。

純粋な学問的興味もある。「記憶」というのは我々の脳が持っている非常に不思議な現象のひとつだけれど、以前の記事で書いたように、徹底したシンプル至上主義の物理学にとって、脳が行なっている「記憶」プロセスはまだ少し複雑すぎる。物理学としては「記憶」というものをまず徹底的に簡単な例を通じて理解したいのだが、砂と水が混ざっているだけの「泥」はシンプルさとしてそれなりにいい線行っているのではないだろうか。



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これほど身近な現象もまだ完全には解明されておらず、21世紀の現代でも盛んに研究が行われている。他にも例えば、高校ではまるで摩擦に関して全て分かっているかのように習うけれども、実は物体を静置する時間とともに最大静止摩擦係数は増えていくことなどが知られていて、その分子レベルでのメカニズムなどはいまでも論文が出ている。(摩擦がちゃんと分かっていないということは地震の原理が完全に理解出来ていないということなので、割と重要)

いま自分が地球上のどこを歩いているのか、たちどころに分かる。インターネットを通じて世界中の誰とでも繋がれる。未知の病が流行れば原因を特定、その遺伝配列を解読してワクチンを作ることが出来る。なんて進歩した科学技術を私たちは持っているのだろう。そんな社会で生活していれば、ともすると「未知」なんて現代にさほど残されてないのでは、と思ってしまうかもしれない。

しかしその実、文明社会はすでに確立した科学技術によって構成されているから、そこにどっぷりと身を浸す者には眼に映る全てが「分かっている」ように思える、というだけの話なのだろう。私たちはとても「分かった」気になっているけれども、まだまだ身近ながらも分からないことはそこら中にゴロゴロ転がっているのだ。

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本記事は執筆時に、Niels Bohr 研究所の御手洗菜美子准教授にコメントをいただきました。ありがとうございます。

参考文献

ガラス:
日本物理学会編, ガラスは固体?液体? , 物理学70の不思議, 日本物理学会
池田晶司, ガラス転移とジャミング転移を分離する, 日本物理学会誌

泥:
中原朋生 他, ペーストの記憶効果と破壊の制御への応用, 日本物理学会誌
Nakahara, Akio, and Yousuke Matsuo. "Transition in the pattern of cracks resulting from memory effects in paste." Physical Review E 74.4 (2006): 045102.
藤正督 他. "セラミックス粉体成形の壁." セラミックス基盤工学研究センター年報

 

Profile

著者プロフィール
姫岡優介

90年生まれ、東北大→東大院。現在、デンマークはコペンハーゲンでシステム生物学の研究をしています。「生きている状態」というのはどういった意味で特別な状態なのかということを数学的に理解することが目標です。もうすこしサイエンスが多くの方にとって身近になればいいなと思っています。twitter: https://twitter.com/yhimeoka

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