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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリアが「富の終着駅」となる理由:富裕層移住の現実と課題

Shutterstock-Miljan Zivkovic

静かなる富の大移動

イタリア現地メディアの報道から見える富裕層移住の実態

2025年、世界の富裕層が注目する移住先として、イタリアが静かな革命を起こしている。Milano Finanza紙やCorriere della Sera紙などの現地メディアが報じるところによれば、モナコの煌めきやスイスの安定に匹敵する、新たな「富の聖地」として浮上してきたとされる。この現象の背景には、単なる偶然ではない戦略的な政策設計があると現地では分析されている。

Henley & Partnersが発表した2025年のグローバル富裕層移住予測によれば、イタリアは3,600人のミリオネアを受け入れる第3の移住先として位置づけられている。この数字は、アラブ首長国連邦(9,800人)、アメリカ合衆国(7,500人)に続く堂々たる第3位である。移住予定者が携える総資産額は約210億ドル、日本円にして実に約3兆5,280億円に達する見込みだという。

現地メディアの報道によれば、これは単なる個人の財産移転を超えた、国家経済に匹敵するインパクトを持つ現象であるとされている。イタリアの年間GDP(約2.1兆ドル)と比較すれば、その規模の大きさが実感できるとの分析もある。


日本人の超富裕層の現実

日本の状況を見ると、野村総合研究所の調査によれば、純金融資産5億円以上の「超富裕層」は約9万世帯で、これは日本の総世帯数の約0.16%に相当する極めて少数の階層であるという。しかし、この僅かな階層が日本の個人金融資産の約10%を保有しているという現実がある。
Henley & Partnersの同じ調査では、日本からは約4,300人のミリオネアが海外に移住する予定とされており、これは世界第2位の規模となっている。移住先としては、アメリカ、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどが主要な候補地として挙げられているが、最近はイタリアも選択肢として検討されているという報告もある。


「CR7法」の魔法 -- 税制設計の妙技

イタリアメディアの報道によれば、政府が富豪たちを引き寄せている最大の要因は、2017年に導入された制度にある。これは通称「CR7法(クリスティアーノ・ロナウド税制)」と呼ばれる税制優遇措置で、国外所得に対して一律で年間20万ユーロ(約3,360万円)のフラットタックス(定額課税)を課すという制度だと説明されている。

興味深いことに、 イタリアの大手新聞社コッリエーレ・デッラ・セーラ紙によれば、この制度を利用して1,186人の高純資産保有者がイタリアに税務居住地を移しているという。かつて年間10万ユーロ(約1,680万円)であった課税額が倍増したにもかかわらず、その魅力は衰えていないとされている。むしろ、同紙は英国やスイスからの富裕層を引き付けている実態を報告している。

現地の専門家によれば、この制度の真の価値は、単なる税負担の軽減にとどまらず、「税制の確実性と予見可能性」を提供するという点にある。債券の利息、株式配当、企業売却によるキャピタルゲイン、さらには国外資産の相続や贈与に至るまで、原則として年20万ユーロ(約3,360万円)で包括的にカバーされるという明快な制度設計が評価されているという。


イタリア移住の現実

華やかな表面の裏側

しかし、イタリアでの実際の生活を経験した移住者の証言を聞くと、制度の魅力とは裏腹に、様々な課題が見えてくる。

まず、官僚主義的な手続きの煩雑さが挙げられる。税務居住地の変更手続きには、平均して6か月から1年を要するケースが多く、複数の官庁での書類提出が必要となる。特に、アメリカや日本のような効率的な行政システムに慣れた富裕層にとって、この手続きの長期化は大きなストレスとなっているという証言がある。

次に、言語の壁である。高度な税務・法務手続きをイタリア語で行う必要があり、英語でのサポートが十分でない地域も多い。
ミラノやローマなど主要都市では国際的なサービスが整備されているが、リグーリア州の小都市などでは、日常的な銀行手続きすら困難を伴うケースが報告されている。

医療制度の違いも大きな問題となる。イタリアの公的医療制度は無料だが、専門医の診察予約には数か月待ちが当たり前で、富裕層が期待する迅速で高品質な医療サービスを受けるには、結局は高額な私立医療機関を利用せざるを得ない。これは予想外の出費となることが多い。

文化的な適応の困難さも見逃せない。イタリア社会は伝統的な人間関係を重視し、外国人、特に富裕層に対しては複雑な感情を抱く地域住民も少なくない。表面的には歓迎されていても、真の意味でのコミュニティ参加は困難で、長期的な孤立感を感じる移住者も多いという。

税制面でも注意が必要だろう。CR7法は国外所得に対するものだが、イタリア国内での所得や資産には通常の税率が適用される。また、相続税や贈与税の複雑な仕組み、さらには地方税の存在など、表面的な20万ユーロ(約3,360万円)以外にも様々な税負担が発生する可能性がある。

不動産市場の特殊性も課題の一つだ。イタリアの不動産取引は極めて複雑で、所有権の確認、建築許可の有無、歴史的建造物規制など、多岐にわたる法的チェックが必要となる。購入後も、修繕やリノベーションには厳格な規制があり、期待していた通りの生活環境を整えるまでに予想以上の時間と費用を要することが多い。


家族単位での優遇と地理的な集中

ミラノフィナンツァ紙によれば、同居家族に対しては1人あたり2万5,000ユーロ(約420万円)という割引価格で同じ制度を適用できるという。たとえば夫婦と成人した子ども2人という典型的な世帯構成であれば、総額27万5,000ユーロ(約4,620万円)で国外の資産運用に対して包括的な課税優遇を享受できる計算になるとされている。

この仕組みは、単身者だけでなく、家族全体での移住を促進する効果を持っているという分析がある。富裕層の多くは教育環境や文化的な豊かさを重視するため、家族単位での移住インセンティブは効果的な政策ツールとして機能しているという評価もある。

現地メディアの報道では、この制度が富豪たちを特定の地域に向かわせているという。特にミラノ(ロンバルディア州)やリグーリア州の海岸部が注目を集めているとされる。ポルトフィーノ、サンタ・マルゲリータ・リグレ、カモーリといった「リグーリアの宝石」と呼ばれる小都市は、地中海の風光明媚な自然と高級不動産の相乗効果により、欧州上位1%の関心を集めているという。

コッリエーレ・デッラ・セーラ紙によれば、ミラノでは高級アパートメントの価格が1平方メートルあたり1万ユーロ(約168万円)を超えた物件も報告されている。つまり、100平米の物件であればざっと1億6,800万円という計算になる。多くの顧客が住居費と税コストを合わせて検討した結果、イタリアがモナコよりも安価になる場合があることが判明したという報告もある。

多様な移住者プロファイル

富と文化の融合

実際の移住者たちは、単なる「金持ち」ではない。起業家、投資家、スタートアップ創業者、著名なスポーツ選手や芸術家など、多様なバックグラウンドを持つ人々で構成されている。彼らはしばしば資本を持ち込むだけでなく、文化資本、知的資本、さらには人的ネットワークも同時に運び入れる。

この動きは、イタリア経済に一過性ではない「構造的な富の再注入」をもたらす可能性を秘めていると考えられる。ベンチャーキャピタルの設立、新興企業への投資、文化事業への支援など、その影響は税収以上に広範囲に及ぶはずだ。

国際的な文脈

税務競争の激化

スイスでは5,000万スイスフラン以上の資産に50%の相続税を課す提案が検討されているなど、各国の税制環境が変化する中で、イタリアの制度は相対的な優位性を保っている。また、英国の「ノン・ドム制度」終了により、多くの富裕層が新たな移住先を模索している状況も、イタリアにとって追い風となっている。

例えば、高税率のヨーロッパ諸国で1,000万ユーロを稼ぐ個人は、イタリアに居住地を移すことで年間400万から500万ユーロの節税効果を得ることができる。これは単純な数字の問題を超えて、人生設計や事業戦略に大きな影響を与える要因となっているのだ。

報道によれば、ルイ・ヴィトンの親会社LVMHのCEOベルナール・アルノー氏が、ミラノへの移住を検討しているという。彼のような世界的な経済人物が本格的に動けば、それは象徴的な転換点になるはずだ。他の富裕層にとっても、「アルノー氏が選んだ場所」という心理的な安心感は計り知れない価値を持つであろう。

こうした「フラッグシップ効果」は、制度の魅力を数値以上に高める要因となっている。富裕層の移住決定には、税制だけでなく、同じような立場の人々が集まるコミュニティの存在が重要な役割を果たすからだ。

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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