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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア国民投票で投票率28%で全設問無効

Shutterstock-Michele Ursi

労働法・市民権改革を問う5設問、162億円の予算が水の泡に

2025年6月8日から9日にかけて実施されたイタリアの国民投票は、投票率が約28%にとどまり、成立に必要なクオラム(有権者の50%以上)を大幅に下回ったため、全設問が無効となった。
この結果により、約1億ユーロ(約163億円)の予算が実質的に無駄になった。
今回の国民投票では、労働法と市民権に関する5つの重要な設問が問われた。主要な内容は以下の通りである。
市民権の取得要件緩和では、外国籍成人が市民権を取得するための合法的居住期間を10年から5年に短縮することが問われた。この設問は政党「+Europa」が提案したもので、移民統合政策の柱として位置づけられていた。
労働法関連の4設問では、不当解雇の再雇用義務廃止、小規模企業における解雇手当の上限設定廃止、有期契約の制限強化、労働災害における責任の明確化が問われた。これらは「国民投票による法律の一部撤廃」であり、「賛成(Sì)」票は現行法の廃止、「反対(No)」票は法律の維持を意味していた。
過去の国民投票との比較では、類似の低投票率が続いている実態が浮き彫りになった。2005年の人工授精に関する国民投票では投票率25.7%、2009年の選挙法見直しでは23.5%といずれもクオラム未達であった。一方、2011年の水道民営化と原発是非を問う投票では、福島原発事故の影響もあり54.8%でクオラムを超えた数少ない成功例となった。
今回の投票が実施されたのは、ヴェネト州ヴェローナ県を含む全国約6万か所の投票所であった。
ローマでは、ジョルジャ・メローニ首相が投票所に姿を見せながらも投票用紙を受け取らない「象徴的棄権」を行った。

メローニ首相の戦略的棄権は、中道右派政権の組織的な「棄権戦略」を体現するものであった。首相は「国民投票制度への敬意を表すために投票所に行くが、賛同できる設問が一つもないため用紙は受け取らない」と説明し、棄権を「国民の正当な権利」として正当化した。
首相はまた、今回の国民投票を「左派内の派閥争いを国費で解決しようとする試み」として厳しく批判した。

実施費用は約4億ユーロ(約648億円)にのぼるとされ、「この膨大な予算を使ってまで、左派が自分たちの意見対立を整理しようとするのは国民への冒涜だ」と発言した。

与党陣営の対応では、副首相のアントニオ・タヤーニ外相がフランス・ニースでの地中海サミット出席を理由に投票に参加せず、「イタリアの同胞」高官らはシチリア州アグリジェント県ランペドゥーサ島での移民問題視察を優先した。

唯一投票行動を取った与党側リーダーが「ノイ・モデラーティ(われら穏健派)」のマウリツィオ・ルーピ党首で、全設問に「NO」と記入した。同党首は「投票行動は民主主義の基本だ。棄権ではなく意思を示すべきだ」と述べる一方、「国民投票の濫用について制度的見直しを行うべきだ」と指摘した。
野党側の敗北は深刻である。民主党のエリー・シュライン書記長、五つ星運動のジュゼッペ・コンテ党首、左派・緑の党連合のニコラ・フラトイアンニ書記長が率いる「狭い戦線」は、当初からクオラム達成に懐疑的だったものの、結果的に政治的打撃を受けた。
特にイタリア労働総同盟(CGIL)のマウリツィオ・ランディーニ書記長は、今回の国民投票を全面的にクオラム達成にかけていたため最大の敗者となり、将来的な政治進出の可能性が大幅に後退した。
民主党内部では改革派議員らがシュライン書記長の戦略に不満を表明しており、「この結果を政治的に分析する党執行部会議が必要だ」として内部対立が表面化している。

地域別の動向では、五つ星運動が強い南部地域で投票率が全国平均を大幅に下回り、コンテ党首の「狭い戦線」戦略に打撃を与えた。一方、民主党の強い「赤い州」では比較的高い参加率を記録した。
今回の結果は、1997年以降のクオラム不成立国民投票の傾向を踏襲するものとなった。調査機関YouTrendのジョヴァンニ・ディアマンティ代表は「例外だった2011年を除けば、1995年以降クオラムを超えた国民投票は存在しない」と指摘している。
この低投票率は、イタリア国民の間で国民投票制度への関心や信頼が徐々に失われつつあることを示している。制度として機能するには市民の政治的自覚と関心が不可欠であり、そうでなければ制度そのものの見直しが求められることになる。

約1億ユーロ(約163億円)という公費支出に対して得られた成果が極めて限定的であることは、今後の制度設計において重く受け止めるべき課題となっている。
中道右派の「沈黙と不参加」が最大の政治的メッセージとなった今回の結果は、国民投票が本来持つべき熟議の場としての機能について根本的な見直しを迫るものとなった。再試行Kイタリア国民投票で野党連合が惨敗 投票率30%でクオラム不成立 エリー・シュライン民主党書記長、ダメージコントロールに必死
イタリア全土で6月8日から9日にかけて実施された国民投票は、投票率が約30%にとどまり、成立に必要な50%を大幅に下回った 2025 Abrogative Referendums - Ministero degli Affari Esteri e della Cooperazione Internazionaleため無効となった。

この結果は、野党連合「狭い戦線」を率いる民主党(PD)のエリー・シュライン書記長、五つ星運動のジュゼッペ・コンテ党首、そして左派・緑の党連合のニコラ・フラトイアンニ書記長にとって痛手となった。

シュライン書記長は当初からクオラム達成に懐疑的だった。今回の国民投票は、外国人の市民権取得に必要な期間を10年から5年に短縮する内容が含まれていた NPRInTriesteが、与党・同盟のジョルジャ・メローニ首相が投票しないと表明するなど、政府側の消極的な姿勢が影響したとみられる。
民主党内部では、改革派議員らがシュライン書記長の戦略に不満を表明している。彼らは「この結果を政治的に分析する党執行部会議が必要だ」と主張しており、「真の内部討議なしにこの決定を受け入れた者たちが沈黙を保つことはないだろう」と警告している。

シュライン書記長はダメージコントロールのため、投票数が1230万票(ジョルジャ・メローニ首相を政権に押し上げた中道右派の得票数)を上回れば「政府への立ち退き通告」だと事前に主張していた。しかし、1997年以降のクオラム不成立の国民投票で、この水準を下回ったのは2022年の司法制度改革に関する投票のみであり、実質的にハードルの低い目標設定だった。

五つ星運動のコンテ党首にとっても、この結果は「狭い戦線」での選挙戦略に打撃となった。同党の強い南部地域での投票率が全国平均を大幅に下回ったことが明らかになっており、中道勢力を後から取り込む戦略が破綻したことを示している。

イタリア労働総同盟(CGIL)のマウリツィオ・ランディーニ書記長は、今回の国民投票を全面的にクオラム達成にかけていたため、最大の敗者となった。これにより、同氏の将来的な政治進出の可能性は大幅に後退したとみられる。
この国民投票は、労働法改革と市民権法改正を巡って実施されたもので、野党連合と労働組合、市民活動家らが推進していた。しかし、メローニ首相の呼びかけに多くの市民が応じた形となり、中道左派にとって明確な敗北となった。
投票が行われた場所は、イタリア全土の約6万か所の投票所で、ローマ(ラツィオ州)、ミラノ(ロンバルディア州)、ナポリ(カンパニア州)など主要都市を含む全20州で実施された。

今回の結果を受け、野党陣営は戦略の見直しを迫られることになる。特に、民主党内の改革派は、現在の「狭い戦線」戦略では中道右派に対抗できないとして、より幅広い連合の必要性を訴えている。この内容も合わせて、1万文字のコラムにして編集イタリア国民投票の大敗北:野党連合「狭い戦線」の戦略的破綻と政治的混乱
投票率28-30%でクオラム未達、162億円の予算が水泡に帰す

| 期待と現実の大きな落差

2025年6月8日から9日にかけて実施されたイタリアの国民投票は、野党連合にとって予想以上の惨敗に終わった。投票率は最終的に28-30%程度にとどまり、成立に必要なクオラム(有権者の50%以上の投票)を大幅に下回った。この結果により、労働法改革と市民権法改正を問う5つの設問はすべて無効となり、約1億ユーロ(約163億円)という膨大な予算が実質的に無駄になった。

民主党(PD)のエリー・シュライン書記長、五つ星運動のジュゼッペ・コンテ党首、左派・緑の党連合のニコラ・フラトイアンニ書記長が率いる野党連合「狭い戦線」は、この結果を受けて深刻な政治的打撃を被った。特に、イタリア労働総同盟(CGIL)のマウリツィオ・ランディーニ書記長は、今回の国民投票に政治的命運をかけていたため、最大の敗者となった。
一方、ジョルジャ・メローニ首相率いる中道右派政権は、組織的な「棄権戦略」を展開し、実質的な勝利を収めた。メローニ首相自身もローマの投票所に姿を見せながら投票用紙を受け取らない「象徴的棄権」を行い、政府の立場を明確に示した。


| 国民投票の内容と背景

今回の国民投票では、労働法と市民権に関する5つの重要な設問が問われた。これらの設問は「国民投票による法律の一部撤廃」という性格を持ち、「賛成(Sì)」票は現行法の廃止、「反対(No)」票は法律の維持を意味していた。

イタリア国籍(市民権)の取得要件緩和に関する設問では、外国籍成人が市民権を取得するための合法的居住期間を10年から5年に短縮することが問われた。

この設問は政党「+Europa」が提案したもので、移民統合政策の柱として位置づけられていた。イタリアは近年、地中海を渡る移民・難民の流入に直面しており、この問題は国内政治の焦点となっている。

労働法関連の4設問では、より複雑な問題が扱われた。
第一に、不当解雇された場合の再雇用義務の廃止が問われた。企業の雇用の柔軟性を高める一方で、労働者の雇用安定性を損なう可能性がある論争的な問題である。

第二に、小規模企業における解雇手当の上限設定の廃止が問われた。イタリアの経済構造は中小企業が中心であり、この問題は多くの労働者に直接影響する。

第三に、有期契約の制限強化が問われた。近年、イタリアでは有期契約の濫用が社会問題化しており、若年層の雇用不安定化の一因となっている。第四に、労働災害における責任の明確化が問われた。これは、建設業や製造業での労働災害が相次ぐ中、企業の安全責任を明確にする重要な問題である。

これらの設問は、いずれもイタリア社会の根本的な課題に関わるものであり、本来であれば国民的議論を呼ぶべき内容であった。しかし、結果的に多くの有権者が投票所に足を運ばなかった。

| 野党連合の戦略的誤算

民主党のシュライン書記長は、当初からクオラム達成に懐疑的だった。この現実的な見通しにもかかわらず、野党連合は国民投票を推進した。背景には、メローニ政権に対する対抗軸を明確にし、野党としての存在感を示す狙いがあった。

民主党内部では、改革派議員らがシュライン書記長の戦略に不満を表明している。
彼らは「この結果を政治的に分析する党執行部会議が必要だ」と主張し、「真の内部討議なしにこの決定を受け入れた者たちが沈黙を保つことはないだろう」と警告している。この内部

対立は、民主党の結束に深刻な亀裂をもたらす可能性がある。
シュライン書記長は事前にダメージコントロールの戦略を準備し、投票数が1230万票(ジョルジャ・メローニ首相を政権に押し上げた中道右派の得票数)を上回れば「政府への立ち退き通告」だと主張していた。

しかし、この主張は実質的にハードルの低い目標設定であった。1997年以降のクオラム不成立の国民投票で、この水準を下回ったのは2022年の司法制度改革に関する投票のみであり、事実上達成が容易な基準だった。

シュライン書記長は「35%以上の投票率は成功、25%程度は失敗、30%程度は悪くない」という評価基準を設定していた。最終的な投票率が30%前後となったことで、この基準に沿えば「悪くない」結果ということになるが、政治的実態はそうではなかった。

五つ星運動のコンテ党首にとって、この結果は「狭い戦線」での選挙戦略に重大な打撃となった。同党の強い南部地域での投票率が全国平均を大幅に下回ったことが明らかになっており、コンテ党首が描いていた中道勢力を後から取り込む戦略が破綻したことを示している。
コンテ党首は、「狭い戦線」を維持しながら次期総選挙に臨み、中道勢力に対して主導権を握る立場から連立交渉を進める構想を持っていた。しかし、今回の結果により、五つ星運動の政治的影響力が限定的であることが露呈した。


| 中道右派の巧妙な棄権戦略

メローニ首相率いる中道右派政権は、今回の国民投票に対して極めて巧妙な戦略を展開した。これは単なる無関心や消極的対応ではなく、明確な政治的計算に基づく「組織的棄権戦略」だった。

メローニ首相は事前に「投票所には行くが投票はしない」と明言し、実際にその通りの行動を取った。ローマの投票所に姿を見せながらも投票用紙を一切受け取らない「象徴的棄権」は、政府の立場を国民に明確に示すパフォーマンスとして機能した。

首相は、「国民投票制度への敬意を表すために投票所に行くが、賛同できる設問が一つもないため用紙は受け取らない」と説明し、棄権を「国民の正当な権利」として正当化した。
この論理は、憲法上の権利である棄権を積極的な政治的意思表示として位置づけるものであった。

メローニ首相はまた、今回の国民投票を「左派内の派閥争いを国費で解決しようとする試み」として厳しく批判した。実施費用について「約4億ユーロ(約648億円)の膨大な予算を使ってまで、左派が自分たちの意見対立を整理しようとするのは国民への冒涜だ」と発言し、野党を強く非難した。

与党陣営の他の重要人物も、それぞれ異なる方法で棄権戦略に貢献した。副首相のアントニオ・タヤーニ外相は、フランス・ニースでの地中海サミット出席を理由に投票に参加しなかった。この外遊は、外交的責務を投票よりも優先するという政府の姿勢を示すものであった。


イタリアの同胞(FdI)の高官らは、シチリア州アグリジェント県ランペドゥーサ島での移民問題視察を優先した。ランペドゥーサ島は地中海を渡る移民・難民の最初の上陸地点として知られており、この視察は政府の移民政策への取り組みをアピールする効果があった。

唯一投票行動を取った与党側リーダーが、「ノイ・モデラーティ(われら穏健派)」のマウリツィオ・ルーピ党首だ。
同党首は5つの設問すべてに「NO」と記入し、「投票行動は民主主義の基本だ。棄権ではなく意思を示すべきだ」と述べた。
同時に、「国民投票の濫用について制度的見直しを行うべきだ。左派内部の政治的議論の手段として使われるべきではない」と指摘し、現在の国民投票制度に対する根本的な疑問を呈した。


| 過去の国民投票との比較分析

今回の低投票率は、イタリアにおける国民投票の歴史的傾向を踏襲するものであった。調査機関YouTrendのジョヴァンニ・ディアマンティ代表は「例外だった2011年を除けば、1995年以降クオラムを超えた国民投票は存在しない」と指摘している。

2005年の人工授精に関する国民投票では、最終的な投票率が25.7%にとどまり、クオラム(有権者の50%以上の投票)を達成できなかった。この投票では、カトリック教会の影響力が強いイタリアにおいて、生命倫理に関わる問題が議論されたが、結果的に制度の変更は主に裁判所による判断に委ねられることになった。

2009年には選挙法の見直しを目的とした国民投票が行われたが、投票率は23.5%とクオラム(有権者の50%以上の投票)には遠く及ばなかった。この時期はシルヴィオ・ベルルスコーニ政権下であり、政府側の消極的姿勢が投票率の低さに影響したとみられる。

一方、2011年の水道民営化と原発の是非を問う国民投票では、福島第一原発事故の影響もあり、投票率が54.8%に達してクオラム(有権者の50%以上の投票)を超えた数少ない成功例となった。
この時は、投票初日の正午時点ですでに11.7%が投票を済ませており、国民の関心の高さが数字に現れていた。原発事故という国際的な大事件が、イタリア国民の政治的関心を大幅に高めたのである。
2022年の司法制度改革に関する国民投票では、投票率が約21%と極めて低い水準にとどまった。この投票では、司法制度の改革を問う複数の設問が提示されたが、一般市民にとって理解が困難な専門的内容であったことが投票率の低さに影響したとみられる。
今回(2025年)の国民投票では、初日の正午時点での投票率が10%を下回り、すでに厳しい状況が予測されていた。2011年の成功例と比較すると、国民の関心の低さは明らかであった。

| 地域別動向と政治的影響

今回の国民投票では、地域別の投票率の差が政治的な意味を持った。ヴェネト州ヴェローナ県を含む北部地域では比較的高い投票率を記録した一方、南部地域では全国平均を下回る結果となった。

特に注目すべきは、五つ星運動の強い南部地域での投票率が全国平均を大幅に下回ったことである。カンパニア州ナポリ県、シチリア州、カラブリア州などの南部地域では、五つ星運動が伝統的に強い支持基盤を持っているが、今回の国民投票への関心は低かった。
この結果は、コンテ党首の政治戦略に重大な疑問を投げかけるものである。五つ星運動の支持者でさえ、党首が推進する国民投票に関心を示さなかったということは、党の求心力や政治的メッセージ力の低下を示唆している。
一方、民主党の強い「赤い州」と呼ばれるエミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、ウンブリア州などでは、比較的高い参加率を記録した。これは、民主党の組織力や支持者の政治的関心の高さを示すものである。
ロンバルディア州ミラノ県やピエモンテ州トリノ県などの北部工業地帯では、労働法改革に関する設問への関心が相対的に高く、平均的な投票率を上回った。これらの地域では、労働組合の組織率が高く、労働法改革の影響を直接受ける労働者が多いことが背景にある。

| 最大の敗者・ランディーニ書記長の政治的失墜

今回の国民投票で最も大きな政治的打撃を受けたのは、イタリア労働総同盟(CGIL)のマウリツィオ・ランディーニ書記長である。ランディーニ書記長は、今回の国民投票を全面的にクオラム達成にかけており、労働法改革の阻止を通じて政治的影響力の拡大を図っていた。
ランディーニ書記長は、近年イタリア政治への直接的な関与を強めており、将来的な政治進出の可能性も取り沙汰されていた。しかし、今回の結果により、そうした政治的野心は大幅に後退することになった。
CGILは、イタリア最大の労働組合であり、歴史的に左派政党との密接な関係を維持してきた。ランディーニ書記長の指導の下、組合は政治的な影響力を拡大させ、メローニ政権の労働政策に対する主要な対抗勢力として位置づけられていた。
しかし、今回の国民投票の失敗により、CGILの政治的影響力に疑問符が付くことになった。特に、労働法改革という組合の中核的関心事について、一般市民の支持を得ることができなかったことは、組合運動全体にとって深刻な問題である。
ランディーニ書記長は、国民投票の結果を受けて、今後の戦略の見直しを迫られることになる。組合活動の本来の領域である労働条件の改善や労働者の権利保護に焦点を戻すか、それとも政治的な影響力の拡大を継続するかという根本的な選択を迫られている。

| 民主党内部の深刻な亀裂

シュライン書記長にとって、今回の結果は党内統制の面で深刻な問題を引き起こした。民主党内の改革派議員らは、書記長の戦略に公然と不満を表明し、党の方向性を巡る議論を要求している。
改革派は「この結果を政治的に分析する党執行部会議が必要だ」と主張し、「真の内部討議なしにこの決定を受け入れた者たちが沈黙を保つことはないだろう」と警告している。この発言は、党内の深刻な対立を示唆するものである。


民主党内の改革派は、現在の「狭い戦線」戦略では中道右派に対抗できないとして、より幅広い連合の必要性を訴えている。彼らは、イタリア・ヴィーヴァ(レンツィ元首相の政党)やアツィオーネ(カレンダ党首の政党)などの中道政党との連携を重視すべきだと主張している。
一方、シュライン書記長は、五つ星運動や左派・緑の党連合との連携を重視する「狭い戦線」戦略を堅持する姿勢を示している。この戦略の背景には、中道政党との連携が党の左派的なアイデンティティを薄めることへの懸念がある。
この党内対立は、2022年の総選挙での敗北以降、民主党が抱える根本的な問題を露呈している。党は、左派的な政策を重視する勢力と、より中道的なアプローチを求める勢力の間で分裂しており、明確な政治的方向性を見出せずにいる。
今回の国民投票の失敗は、この内部対立をさらに深刻化させる可能性がある。改革派は、シュライン書記長の指導力に疑問を呈し、党の戦略の根本的な見直しを求めている。


| 制度的問題と民主主義への影響

今回の結果は、イタリアの国民投票制度そのものに対する根本的な疑問を提起している。約162億円という膨大な公費を投じながら、有権者の3割程度しか投票に参加しないという状況は、制度の正当性を揺るがすものである。

国民投票制度は、代表民主制を補完する直接民主制の制度として設計されている。
しかし、クオラム制度が存在することで、実質的に「投票しないことによる拒否権」が機能している。これは、制度の本来の趣旨とは異なる結果をもたらしている。

メローニ首相が展開した「組織的棄権戦略」は、この制度的矛盾を巧妙に利用したものである。政府が積極的に棄権を呼びかけることで、野党の政治的イニシアティブを無効化することができる。これは、民主的な議論や熟議を回避する手法として機能しており、民主主義の質の低下を招く可能性がある。

クオラム(有権者の50%以上の投票)制度を廃止した場合、少数の有権者の意見によって重要な法改正が行われる可能性もある。この問題は、直接民主制と代表民主制のバランスをどう取るかという根本的な課題に関わっている。

ルーピ党首が指摘した「国民投票の濫用」という問題も重要である。政治的な議論の手段として国民投票が頻繁に使用されることで、制度の権威が失墜し、有権者の関心も低下する悪循環が生じている。

| 経済的コストと政治的効果

今回の国民投票にかかった費用は、実施費用だけで約1億ユーロ(約162億円)、関連する政治的キャンペーンや報道コストを含めると約4億ユーロ(約648億円)に達したとされる。この膨大な費用に対して、得られた政治的効果は極めて限定的であった。
投票率が30%程度という結果は、事実上、費用対効果の観点から見て失敗であったと言わざるを得ない。特に、イタリアが直面している経済的課題(高い公的債務、低い経済成長率、高い失業率)を考慮すると、この費用はより生産的な政策に活用すべきであったという批判は避けられない。

メローニ首相が「国民の税金をもっと有意義に使うべきである」と批判したのは、この経済的側面を指摘したものだった。政府は、インフラ整備、教育、医療、研究開発などの分野に予算を集中投資すべきだという主張には一定の説得力がある。しかし、民主的な制度を維持するためのコストという観点から見れば、国民投票制度の存在意義を完全に否定することはできない。問題は、制度をいかに効率的で意味のあるものにするかという点にある。

| 国際的な文脈と欧州政治への影響

今回の結果は、イタリア国内政治にとどまらず、欧州政治全体にも影響を与える可能性がある。メローニ首相の政治的影響力が相対的に強化されることで、欧州連合(EU)内での保守派の発言力が高まる可能性がある。

メローニ首相は、今回の結果を受けて、「イタリアはフランスやドイツの補助輪ではない。対等なパートナーであるべきだ」と述べ、EU内でのイタリアの地位向上を主張している。彼女は、ドイツのメルツ首相やフランスのマクロン大統領との「良好な関係」を強調しながらも、メローニ首相が掲げた「イタリアは従属国ではない」というメッセージは、EU内での国家主権のあり方を再考させる強烈なシグナルとなった。

一方、野党連合の敗北は、欧州の社会民主主義勢力にとって痛手となる。特に、民主党は欧州社会党(PES)の重要なメンバーであり、今回の結果は欧州レベルでの左派勢力の弱体化を象徴するものであった。
移民・難民問題については、今回の国民投票で市民権取得要件の緩和が実質的に否決されたことで、EU全体の移民政策にも影響を与える可能性がある。イタリアは地中海を渡る移民・難民の主要な受け入れ国であり、その政策変更は他のEU諸国にも波及効果をもたらす。
移民・難民政策の方向転換は、EU全体の政策協調にも連鎖的な影響を及ぼしかねない。

イタリア国内政治に目を向けると、今回の国民投票の結果は、イタリア政治が新たな段階に入ったことを示していると言えよう。
メローニ首相率いる中道右派政権の政治的安定性が高まる一方で、野党連合は根本的な戦略の見直しを迫られている。

「狭い戦線」戦略の破綻により、野党陣営はより幅広い連合の構築を模索せざるを得なくなった。これは、イタリア政治の再編成を促進する可能性がある。

中道政党(イタリア・ヴィーヴァ、アツィオーネなど)の役割が重要になり、彼らの政治的選択が今後の政治地図を大きく左右することになる。

同時に、国民投票制度の改革も重要な課題となった。現在のクオラム制度の見直し、投票方法の改善、有権者の関心を高める方策などが議論されることになるだろう。
与野党の交代ではなく、政治的対立と妥協のあり方そのものが再構築を迫られている状況だ。

労働組合運動も、今回の結果を受けて方向性の見直しを迫られている。政治的な影響力の拡大よりも、本来の労働者の権利保護に焦点を戻すべきだという議論が強まる可能性がある。

加えて、制度面での課題も浮上している。最終的に、今回の国民投票の「失敗」は、イタリアの民主主義制度の健全性を高める契機となる可能性もある。
有権者の政治的関心を高め、より質の高い政治的議論を促進するための制度改革が進められることを期待したい。



メローニ政権は、この結果を受けて政治的な自信を深めているが、冷静かつ先見的な統治の手腕が問われる。同時に野党の弱体化が民主主義的な競争の質を低下させる危険性も認識すべきなのではないだろうか。


今回の国民投票とそれに続く一連の政治的展開は、イタリア政治における構造的な転換点であると同時に、欧州全体に波及する地政学的・制度的変化の出発点となるだろう。
それが民主主義の発展に寄与するか、それとも政治的な分極化を促進するかは、今後の政治的指導者たちの責任にかかっている。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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