World Voice

中東・アフリカから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト/ケニア

文化の境界線に立ち続けた18年

Odan 画像 ー 文化の境界線で

人は、どこかに属することで安心しようとするものだ。私も、かつてはそうだった。でも今は、まったく別の生き方をしている。

4 年間、World Voice に投稿を続けてきた。しかしこのセクションは今月末で閉鎖になる。これまで幾つか記事を書いてきたが、私の視点の土台になっている生き方について最後に書いてみようと思う。

海外での 18 年間、気づけば、私はずっと文化の境界線の上に立っていた。もともとは、そんな生き方をしようと思っていたわけではない。若い頃はどこかに属したかった。背が高いのも嫌だったし、声が大きいのも嫌だった。万人受けしない自分が悩みの種だったし、いつもみんなの輪の中にいたかった。輪の中にいると違和感を感じる自分も嫌だった。人と違っていることに居心地の悪さを感じながら過ごしていた。

でも日本を出て中東で過ごすうちに、人と違っているということが心地よいと感じるようになった。この生き方が自然になりすぎているのだが、振り返ってみると確かにきっかけがある。

文化の境界線に身を置くきっかけになったこと

ヨルダン時代の初期は、帰属しないこと、守られないことの不便さをかなり感じた。新しい国、新しい文化、新しい言語で、心許なさを当然感じた。しかも若かった。でも同時にこの文化に同化したくないという思いもかなり早い段階から芽生えた。

アラブ文化は日本とは形こそ違えど、個性が尊重されにくい文化である。そう書くと語弊があるが、もっと正確にいうと生き方の幅に限界がある文化である。 ちなみにここでいうアラブとは、中東に住んでいるアラブを指す。中東の外で異文化に触れているアラブとはまた少し違う。アラブにはアラブの掟があり、それに従わないと「恥」とみなされる。自由そうに見えて、周りの目をかなり気にする文化である。

線を引かないとどこまでも踏み込んでこられることにも驚いた。とりわけ 18 年前には、プライバシーという概念はまだあまりなかった。

そこで「わたしを一緒にしないで、わたしは外部の人間だから」と線を引くと、自分を守れることに気がついた。アラブは帰属しようとしない人間には寛容であり、強要しない。ただ一旦その中に入ると、同じように考え、同じように行動することが暗黙のうちに要求されるのだ。

一線を引いたら楽になることを発見してからは、それが自分流になった。 ヨルダンの後、レバノン、ドイツ、トルコ、エジプト、ケニア...と移動して今に至る。どの国にもそれなりに長くいたし、どの社会にも深く関わった。

それでも私は、どこにも完全には属さなかった。 どの文化にも完全に従属しない。どの社会の価値観にも完全に合わせない。どこにいても、最終的には「自分」でいられる。

結婚しなかったこと、内部に入らなかったこと

どの国に行っても現地の人と結婚しなかった。日本人と結婚して駐在妻にもならなかった。どこかの家族制度の「中」に入る選択をしなかった。 最初から意図したわけではない。でも途中でそうなっていって、最後には自分の人生のポリシーになった。

どの文化でも、第三者の位置で過ごしてきた。内部の人間ではない。かといって、素通りするツーリストでもない。中にいながら、少し外にいる。その立場は、それぞれの国の文化の幅と深さを知るうえで役立ったと思う。

第三者だからこそ聞こえた本音

アラビア語ができる。トルコ語ができる。英語ができる。長く住んでいる。けれど身内ではない。そんな立ち位置だからこそ、聞けた言葉がたくさんある。

家族の愚痴。宗教の建前の裏側。制度の矛盾。女性たちの本音...

長く住まなければ見えないけれど、完全に内部の人間になると逆に見えなくなる世界。言葉のニュアンスが分からなければ届かない本音。

アラブ社会では、結婚すると交友関係はどんどん制限される。ほとんどの場合、最終的には夫の家族と親族だけの付き合いになる。なんせ大家族のアラブ。親族の数には事欠かない。しかし、非常に狭い世界だ。赤の他人と知り合う機会がこの上なく制限される。アラブ社会のことを理解しているようで、実はその一族のことを理解しているだけということにもなりかねない。

さらに、その一族の本音が聞けるかといえばそうでもない。近しければ近しいほど、アラブ社会では本音がなかなか語られないことがある。実際、「外部者のあなただから言える」といわれたことが非常に多い。そういう立ち位置がこの上なく心地よかった。

あるときには「あなたは内部の人じゃないから本音が言える」といわれ、別のときは「あなたは私たちの言葉が分かるから仲間だ」と言われた。つまり、両側の声が入ってきた。言葉が分かるのでときに内部の人間になり、でも文化が違うのでときに外部者になった。

例えば、アラブ女性たちの葛藤。以前に「帰りたくない女性たち・帰りたい男性たち ― トルコのシリア難民の現状」という記事を書いたことがある。ふたこと目には「離婚するぞ。別の女性と結婚するぞ」と脅されるシリアでの生活、父親から殴られた話、旦那から殴られた話...どこにも行き場がない話、別の人生を歩めるなら結婚しなかったという本音など。

内側と外側の両方を同時に見られる視点。偶然手に入った、万人ウケしない私なりの世渡り術だった。状況によって、どちらかの立ち位置にシフトしながら、本音を聞き取ってきた。一緒に怒り、一緒に悲しみ、時には外部者として意見を述べたり、文化の相違で笑ってみたり。

中東では現在も戦争が起きている。中東は本当に誤解されやすい場所だ。専門家の視点で語られることが多いが、そこに生きる生身の人間についてはあまり知られていない。わたしはそこに関心を持った。理解したくて言語を学んだ。でもその中に入ることは選ばなかった。あくまで第三者であることにした。

相手の文化や宗教を否定しない。でも理想化もしない。言葉のニュアンスが分かるので理解する。けれど、同じ状況に自分を置かない。 もちろんわたしがみている世界が正しいとは限らない。内部に完全に入り込まないと見えない世界は見ていない。でも少なくともわたしにとっては、属さない状態で見る世界が心地よいのだ。

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筆者撮影 ー 生活の中の異文化

境界線という生き方

どこにも属さなかったことを、後悔していない。完全にどこかの一員になる人生もあっただろう。それはそれで良い人生であるはずだ。

孤独じゃないのかと不思議に思う人もいることだろう。孤独であると感じたことはない。人に囲まれていても孤独を感じる人がいる。わたしは本音で語りたいし、相手の本音を知りたいのだ。本音で話すうちに理解者が現れる。

「安定」とは真逆の人生かもしれない。でも「不安定」ではない。「強い人」だと言われることもあるが、その土台には自分の内側にあるものが大きい。ただそれはかなり個人的なことなので、これまで書いてこなかった。結局、全てはそれが自分らしいかどうかの違いだと思う。

安定を求める人は多いだろう。いや、安定の定義が違うのかもしれない。私の安定は、人に合わせることから来るのではなく、合わせない生き方に共感する人たちとの友情から生まれているのかもしれない。 だから私は、境界線に立ち続ける。

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iStock ー その中にいて、少し外にいる

この生き方をこれから後悔する時が来るのだろうか?どこかに属していればよかったと思う時が来るのだろうか?とふと考える時もある。 異文化を渡り歩く時には武器になる。日本に帰れば弱点になるかもしれない。そうなったらそれはその時だ。計算してそうなった人生ではないから、環境が変わればまた変えれば良い。

今ケニアに来て 4 ヶ月目。17 年間慣れ親しんだアラブ社会を初めて離れたが、ヨルダン時代初期のような葛藤はない。ここでも、境界線に立ち続けている。

World Voice は、その視点を言葉にしてきた場所だった。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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