
イタリア事情斜め読み
イタリア移民制度の崩壊から学べること

イタリアの外国人労働者受け入れ制度「入国枠制度Decreto Flussi(デクレート・フルッシ)」が、深刻な機能不全に陥っている実態が、コリエーレ・デッラ・セーラ紙の調査報道で白日の下に晒された。この制度は、表向きは労働力不足を解消するための「受け入れ拡大」を掲げるが、複雑な手続きと行政の不備により「入国阻止」の役割を果たしている。その結果、制度の狭間に落ち込んだ外国人労働者が不法滞在者化するリスクを大量に生み出し、構造的矛盾が極限に達している。労働力需要が叫ばれる中、この制度は経済界の期待を裏切り、移民政策の欺瞞を象徴するものとなっている。
| 労働力不足と制度の導入
イタリア経済は、少子高齢化と若年層の国外流出により労働力不足が深刻化した。2025年には建設業、農業、運輸、観光、家事労働で60万人の外国人労働者が必要と商工会議所連合が試算した。建設ではシチリア島の高速道路拡張が2024年に人手不足で3ヶ月中断し、50万ユーロ(約8600万円)の損失を招いた。農業ではカンパニア州のトマト農園が収穫量の20%を廃棄、200万ユーロ(約3億4400万円)の損失が発生した。観光業もヴェネツィアのホテルで従業員不足により客室稼働率が30%低下した。これに対応し、政府は2002年に「入国枠制度」を導入。
毎年「クリック・デー」で雇用主がオンライン申請を行い、2024年の枠は15.1万人で、政府はこれを「秩序ある移民管理」と位置づけ、経済活性化のための積極的な受け入れ拡大をアピールしていた。
制度設計上は、雇用契約を結んだ外国人労働者が正規ルートで入国・就労できる枠組みであり、企業は労働力不足の解消を期待し、政府は経済界の要請に応じた姿勢を喧伝してきた。
しかし、この美辞麗句は実態を覆い隠す建前に過ぎない。制度の運用は、申請から就労までのプロセスを複雑で非効率な壁で塞ぎ、受け入れを事実上抑制している。政府の「労働力不足解消」の看板は、実際の数字と運用実態によって、その虚構が露呈している。
|実態としての入国阻止
申請68万件で就労実現は2.4万人のみ、成功率3.5%の惨状
現実の制度は壊滅的だ。2024年3月のクリック・デーでは、約68万件の申請が殺到したが、就労許可証の発行は83,570件に留まり、最終的にビザを取得できたのは24,151人だけ。申請総数に対する成功率はわずか3.5%、発行枠に対してすら16%という惨状だ。
さらに、約4万件の申請が「記録不明」となり、行政の処理ミスや人手不足で追跡不能となっているという。申請者は雇用契約を結び、必要書類を揃え、正規手続きを踏んだにも関わらず、行政の不備で全てが水の泡となるのだ。
例えば、ローマ近郊の建設会社がバングラデシュ人労働者を雇用しようと申請したが、システムエラーで申請が消滅し、プロジェクトが遅延したケースが報告されている。この入国阻止の実態は、行政処理の混乱に起因する。
就労許可証の有効期限は6ヶ月と短く、母国のイタリア領事館でのビザ取得では外部委託業者を通じた予約が必要だが、数ヶ月待ちが常態化している。バングラデシュのダッカにある領事館では、予約枠が限られ、申請者が殺到することで4ヶ月先まで埋まるケースが頻発。予約待ち中に許可証の期限が切れれば、手続きは無効化され、正規申請者が機会を失うという。
2024年秋には、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ、モロッコなどからの申請者が「信頼性に欠ける」として排除され、制度に巨大な空白を生んだ。
これらの国からの申請は全体の過半数を占めていたため、排除は労働力供給の大幅な縮小を意味する。申請の約半数がキャンセル・却下・未処理で、残枠の再割り当てすら職員不足で実施されていない。こうした運用は、意図的な受け入れ抑制の疑いを呼ぶ。政府は「移民受け入れ」を表明して経済界を満足させつつ、複雑な手続きと人員不足で実際の受け入れを最小限に抑え、反移民世論に配慮する政治的二面性を露呈している。
混乱に乗じて「優先予約」を餌に金銭を要求するブローカーや詐欺業者が横行し、制度の不備が不正を助長する。
モロッコ出身の申請者が1,500ユーロ(約25万8,000円)を支払ったにも関わらず予約が取れず、詐欺被害に遭ったケースが報告された。こうした業者は、制度の不透明性を悪用し、脆弱な立場にある労働者を食い物にしているのだ。
|制度の狭間に落ちた不法滞在者
就労許可を得てもビザ・滞在許可が取れず、不法化の連鎖
最も深刻なのは、建前と実態の乖離が、不法滞在者を大量生産する構造を生んでいる点である。就労許可を得てもビザ取得の遅延で期限切れとなり、入国不能になるケースが頻発。
ビザ取得者も、入国後の警察署での滞在許可申請で予約難に直面し、処理に数ヶ月かかる。2024年12月時点で滞在許可を取得できたのは9,331人だけ。需要60万人に対し、最終就労者は1.5%程度という計算になる。この数字は、制度の存在意義そのものを問うものだろう。
正規手続きを踏んだ労働者が「制度の狭間」に落ち込み、不法滞在や不正規就労に追い込まれる。
例えば、カンパニア州のトマト農園で働く予定だったスリランカ人労働者が、就労許可を得たもののビザ面接の予約が取れず、期限切れで不法状態に陥ったケースがある。ビザ取得に成功しても、滞在許可の遅延で同様のリスクが生じる。ミラノの警察署では、2024年に滞在許可申請の予約が6ヶ月待ちとなり、申請者が不法滞在状態に追い込まれたケースが多発した。結果、制度は「合法的雇用機会の創出」という目的を形骸化させ、かえって不法移民問題を悪化させることとなった。労働力不足を解消するはずが、移民の不法化を促進する逆効果を生んでいる。
|構造的欠陥と日本への教訓
政府の無策と改革の先送り
政府内部からも批判が上がる。首相府付副大臣アルフレード・マントヴァーノ氏は「クリック・デイとクォータ制の限界」を認めたが、代替案は不明。2026~2028年も現制度継続が決定され、改革は先送りされている。この惰性は、制度の信頼性をさらに損なうことになるだろう。
例えば、ヴェネト州の製造業では2024年に人手不足で生産ラインが停止した。企業は労働力不足で事業縮小を余儀なくされるのだ。
外国人労働者は不法滞在のリスクに晒され、社会的緊張が高まる。
この問題は五つの欠陥があるという。第一に、「クォータ制」と「クリック・デイ」の非効率・不公平。第二に、申請処理、審査、ビザ発給、滞在許可の全段階での行政人手不足。第三に、不法滞在者の大量生産。第四に、外部委託の公平性喪失とブローカー介入。第五に、建前と実態の乖離による信頼崩壊。
日本への教訓は明確だ。本質的には、日本とイタリアは非常によく似た構造問題を抱えている。
イタリアは、「合法的入国による労働参加」と言いながら、制度が回っておらず、現実は不法労働・中断・混乱が生じている。
日本は、「国際貢献」「人材育成」と言いつつ、実際は人手不足の穴埋めで、労働力としての活用が前提で、建前と実態には乖離があり、送り出し国の職業訓練や技能認証制度が未整備なため、現場で即戦力にならない人材も多く来日している。選考の基準が緩く、言語能力や適性もバラバラという課題が挙げられよう。
行政処理のキャパオーバーもイタリアと日本はそっくりである。
イタリアの県庁や領事館、警察署が処理できず、ビザや許可の遅延が深刻である。日本は、出入国在留管理庁や自治体の窓口、人材監理団体もキャパ不足で、審査や支援が追いつかない。
ブローカー・民間外注の介入も同じ。
イタリアではビザ予約代行業者や偽書類問題が蔓延している。日本は、送り出し機関による高額手数料や借金労働、偽装就労が横行している。
イタリアでは、農業・建設などの現場で即戦力を求める一方で、事前訓練や選別が機能していない。日本では、「技能移転」と言いながら、実際は即日労働を求める現場に放り込まれ、教育体制も不十分であるなど、育成の名目と現場のミスマッチがあるのも、イタリアと日本はよく似ている。
政策と制度の場当たり的改名も同じ。イタリアの場合、制度の限界が見えても、仕組みは維持されたまま「新方針」だけが出される。日本は、「ホームタウン制度」「育成就労制度」など、名前を変えても本質が変わらないという懸念がある。
このように、イタリアと日本は、外国人労働者制度において"構造的に同じ落とし穴"に陥っている。そして、その根底にあるのは、制度設計と運用力のギャップ、「理想」と「現場」の乖離がある。
外国人材受け入れ拡大を進める中、建前としての制度宣伝だけでなく、実態運用能力が不可欠であると思える。
日本の技能実習制度や特定技能制度でも、書類審査の遅延や行政の対応力不足が指摘されており、イタリアの二の舞となるリスクがある。2023年に日本で特定技能ビザの申請が一部遅延し、企業と労働者が混乱した事例が報告されている。
イタリア通信ニュース社 Youtube 公式チャンネルより

- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie