
スペインあれこれつまみ食い
スペイン 文化とスポーツの舞台でイスラエル排除を議論

欧州最大の音楽祭「ユーロビジョン・ソングコンテスト」をめぐり、スペインの公共放送RTVEは、イスラエルが参加する場合は2026年大会をボイコットする方針を正式に決定しました。9月16日に行われた取締役会で賛成多数により可決されたもので、スペインは「Big Five」と呼ばれる常連参加国の中で初めて、条件付きとはいえ不参加を決定した国となります。
ユーロビジョンは毎年春に開催される、欧州各国が代表歌手を送り出して競う国際的な音楽祭で、1956年から続く伝統があります。ヨーロッパ全域で視聴され、アバやセリーヌ・ディオンなど世界的スターを生んだ舞台としても知られています。単なる音楽コンテストにとどまらず、欧州各国が文化を競い合い、国際的な存在感を示す場として長い歴史を持っているため、今回のボイコット表明はヨーロッパに大きな衝撃を与えました。
サンチェス首相の発言とスポーツ界
この動きと並行して、スペインのペドロ・サンチェス首相が国際スポーツ大会におけるイスラエルの扱いについて踏み込んだ発言を行いました。ガザでの軍事行動を「人道法違反の可能性がある」と批判し、「イスラエルは国際スポーツ大会から除外されるべきだ」と訴えたのです。この発言は9月にマドリードで開催された自転車ロードレース「ブエルタ・ア・エスパーニャ」の最終ステージが大規模なパレスチナ連帯デモで中止に追い込まれた直後に行われました。大会に参加していたイスラエル・プレミアテックというチームが抗議の標的となり、複数のステージで妨害が発生したことも世界で大きく報じられました。この出来事についてサンチェス首相は「市民の声を理解する」と語り、抗議者への共感を示していました。
近年ではロシアがウクライナ侵攻を理由に、多くの国際大会から参加を禁じられました。サッカーのワールドカップ予選や陸上、テニスなど幅広い競技でロシア排除の決定が相次ぎ、スポーツ界における政治的判断の影響力が改めて浮き彫りになりました。今回のサンチェス首相の発言も、この流れの中で議論を呼ぶものとなっています。
国内外で広がる波紋
文化とスポーツという二つの大舞台でイスラエルの扱いをめぐる議論が同時に浮上したことで、スペインは国内外で注目を集めています。支持者は「人権を守るために必要な行動だ」と評価する一方、反対派は「政治と文化やスポーツを混同すべきではない」と批判しています。イスラエル政府はこれらの動きを「不当で偏ったもの」として強く非難しており、スペインとの外交関係は一層緊張しています。欧州連合内でも対応をめぐって意見は割れており、加盟国が一致した姿勢を取れるかどうかは不透明です。スペイン国内のメディアでは、ガザでの被害状況が連日大きく報じられています。ニュース番組では爆撃で血を流す子どもたちや破壊された街の様子が映し出され、国民の関心は自然とパレスチナ側に寄り添う傾向があります。そのため街の空気としても「パレスチナを支持するのが当然」というムードが強く、デモやボイコットに肯定的な意見が広く見られます。文化界からも賛同の声が上がっています。人気音楽番組「Operación Triunfo(OT)」のディレクター、ノエミ・ガレラ氏は「イスラエルが参加するならユーロビジョンには出るべきではない」と発言し、今回のRTVEの決定を支持しました。一方で、公共放送の政治的中立性に疑問を呈する声も出ています。
「パレスチナに自由を」
スペインに暮らす日本人としても、この雰囲気は肌で感じられます。日常会話の中でも「イスラエルの行動は許されない」という声を聞く機会が多く、またテレビや新聞ではパレスチナの犠牲者の映像が繰り返し流れるため、社会全体の意識がそちらに傾いていることがよくわかります。特に印象的だったのは、スペイン人にとって国民的イベントともいえるユーロビジョンが議論の舞台になったことです。SNSでは「イスラエルが出るならボイコットを支持する」という意見が多く、音楽を純粋に楽しむ場面でさえ政治的立場を優先する人が少なくなく、こうした反応には驚かされます。一方で、日本からこのニュースを見聞きすると「なぜスポーツや音楽に政治を持ち込むのか」と違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし現地で暮らすと、戦争被害の映像を日々目にすることで人々の怒りや悲しみを共有する空気に包まれるため、こうした動きが自然に支持されていることにもなんだか納得させられます。
ユーロビジョンと国際スポーツ大会。本来は文化や競技の場であるはずの二つの舞台で、イスラエルをめぐる政治的議論が大きくなっています。スペイン社会ではパレスチナへの共感が主流となり、それが放送局や政府の姿勢にも反映されています。在住者として感じるのは、こうした動きが特別なものではなく、市民の多くにとって「当然の立場」として受け止められているということです。政治的な立場からすれば、イスラエルへの批判や国際大会からの排除を求める発言は容易ではないはずです。それでも公の場で立場を明確にしたスペインの姿勢には、大きな勇気を感じます。

- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon