
スペインあれこれつまみ食い
40度越えの灼熱のスペイン 観光や生活に与える影響

2025年の夏、スペイン各地で過去にないほどの高温に見舞われています。スペイン気象庁(AEMET)によると、8月上旬から中旬にかけては過去最も暑い期間となり、国の広範囲で40度を超える気温が記録されました。バダホスでは45.5度、セビリアでは45.2度に達し、オリウエラでは42.5度が観測されました。こうした極端な気温は南部や内陸部に限られず、バルセロナでも観測史上8月としては最高の38.9度を記録し、地中海沿岸部や北西部にまで高温が及んでいます。さらに、地中海の表面水温は29度近くまで上昇し熱帯夜が増えたことで、夜間に体を休めることさえ難しくなっています。暑さが日中だけでなく夜間にまで及んでいることが、この夏の厳しさを際立たせています。
命を奪う暑さ
高温は人々の命を直接奪っています。カルロスIII保健研究所の統計によれば、5月中旬から7月中旬までのわずか2か月間で1,180人が暑さに関連して死亡したと推定されています。前年の同時期が114人だったことを考えるとその増加は驚異的で、過去最悪の「猛暑による死者数」となりました。高齢者や基礎疾患を抱える人々が特に危険にさらされており、救急外来には熱中症や脱水で搬送される患者が後を絶ちません。スペインでは「真夏の死者はもはや避けられないものになりつつある」との指摘も出ており、暑さが新たな「公衆衛生上の危機」として認識されるようになっています。熱帯夜の増加により睡眠不足が広がり、体調を崩す人が多くなっているようです。
都市生活と電力への打撃
猛暑は都市生活を大きく変えています。都市部ではヒートアイランド現象によって、周囲の郊外よりさらに2〜3度気温が高くなります。マドリードやバルセロナの市街地では夜間になっても30度近い気温が続き、住民は安眠できず、翌日の労働や学習に支障をきたしています。冷房に頼らざるを得ない状況が続き、電力需要はピークに達しました。その結果、電気料金が上昇し、とりわけ低所得層の家庭には重い負担となっています。冷房を使うか健康を守るかという二者択一を迫られる家庭もあり、社会的不平等が一層浮き彫りになっています。インフラ面でも、アスファルトの膨張や鉄道の運行制限といった問題が現れ、都市が高温に耐えられる設計になっていないことが明らかになっています。
山火事の拡大
高温と乾燥は山火事の危険性を飛躍的に高めています。2025年夏までにスペインでは前年の倍といえるほどの面積が火災で焼失しています。ガリシア、カスティーリャ・イ・レオン、カタルーニャなどでは火災危険度が最高レベルに達し、消防当局は連日出動を余儀なくされています。特に乾燥した強風が吹く日は、わずかな火種から数百ヘクタールが一気に燃え広がる可能性があります。専門家は「景観を守るための人為的な森林管理を怠れば、火災によって破壊的に風景が塗り替えられるだろう」と警告しています。
観光への影響
観光業は依然としてスペイン経済の柱であり、2025年上半期には4,450万人の外国人観光客が訪れ、前年同期より4.7%増加しました。消費額も5兆9,622億ユーロに達し、経済に大きな寄与をしています。しかしマドリードやバルセロナではツアーの時間が早朝や夕方に移動し、日中の活動を避けるようになるなどの変化がみられています。飲食店のテラス席は猛暑のために客足が遠のき、電気代の高騰で経営を圧迫している一方、比較的涼しい北部の都市や海岸地域に観光需要がシフトしており、オビエドなどでは検索件数が前年比25%増という調査結果も出ています。観光客は減っていないものの、その行動や選択は確実に「暑さ」によって変化しつつあるようです。
スペインに暮らし始めて3年が経とうとしています。こちらで出会うスペイン生まれの人々が口を揃えて言うのは「昔はこんなに暑くなかった」という言葉です。アジア人だけが使うアイテムとされてきた日傘を使う人の姿も首都マドリードで目にするようになり、暑さのレベルがこれまでとは変わってきたという事を感じます。スペインでは築100年を超える住宅も珍しくありませんが、そうした住まいは、伝統的に厚い石壁や日差しを避ける工夫こそあるものの、エアコンが設置されていない家も少なくないのが現実です。今年のような酷暑ではさすがに限界を感じ、エアコンを購入しようとする人が殺到しているようですが、需要が供給を大きく上回り、取り付け工事は冬にずれ込むという話も耳にしました。
「スペインの夏」といえば、バルのテラス席で冷えたビールを楽しむのが一つの文化として定着しています。しかし、40度を超えるような日中には誰もテラスに座りたがらず、通りはまるでゴーストタウンのように静まり返ります。窓の外を覗いても人影ひとつ見えない光景は、スペインらしい活気あふれる夏の姿とはかけ離れています。気象当局は「来週には暑さが和らぐ」と伝えていますが、その涼しさがどれだけ続くのかは誰にもわかりません。スペインの夏の暑さは、日本の蒸し暑さとは質が異なるとはいえ、体が慣れるまでには時間がかかります。ここ数年で「かつて経験したことのない暑さ」が毎年のように訪れるようになり、人々の暮らし方や都市の在り方そのものに問いを突きつけているのを、身をもって感じています。

- 松尾彩香
2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。
Twitter: @maon_maon_maon