
England Swings!
アガサ・クリスティが愛したデヴォンの別荘、グリーンウェイ後編 クリスティの暮らしと殺人の舞台になったあの場所たち

前回はミステリの女王、アガサ・クリスティ(1890 - 1976)のデヴォンの別荘、グリーンウェイへの道のりを紹介した。汽車と船を乗り継いで、船着場から険しい坂さえ上ってようやく着いたところで、今回はいよいよ、別荘の建物と広い庭に行ってみましょう。
デヴォンで生まれ育ったクリスティは、子どもの頃にこのグリーンウェイを訪ねたことがあり、その美しさが忘れられなかったそうだ。作家としての地位をしっかり築いていた1938年にこの屋敷と庭を購入し、それから毎年のようにここで夏休みやクリスマスを家族と過ごした。この別荘を「世界でいちばんすてきなところ(the loveliest place in the world)」と呼んで愛し、『死者のあやまち』をはじめ、グリーンウェイをモデルにしたと思われる作品も多く書いている。
1976年にクリスティが亡くなってからは、一人娘のロザリンド一家がここに住んだ。けれど屋敷の将来を考えた家族は、歴史的建造物などを保護する団体、ナショナルトラストに建物も庭も寄贈することを決める。家族が住んだままの状態で2000年から庭が一般開放され、ロザリンドが亡くなった後の改装を経て、全面的な公開が2009年から始まった。

邸内は、クリスティが家族と夏休みやクリスマスをよく過ごした1950年代という設定で展示されている。装飾品のほかに帽子やステッキ、包装済みの小包が置かれた玄関まわり、落ち着いた雰囲気の居間やダイニングルーム、広いキッチン、クリスティの服がかかったままの衣装部屋。玄関脇の部屋には少女の頃のクリスティの肖像画があり、裕福な家庭に育ったことがうかがえた。クリスティ自身の居間にはレコードプレーヤーが置かれて、当時流行した音楽が(別のスピーカーから)流れている。
居間に置かれた立派なスタンウェイのピアノは、若い頃に音楽家を目指した本人が弾いていたものだ。今でも申し出れば訪問客も弾くことができる(ただし、やたらに音を出すのではなく、きちんと弾くのがお約束らしい)。寝室では録音されたクリスティの声を聞くことができ、本人に会ったような妄想が広がった。
どの部屋も美しい調度品やコレクションで飾られて、人形やぬいぐるみ、遊びかけのトランプがあちこちに置かれている。テーブルの上のチョコレートの箱はふたが開いている。ガイドブックにあるように、本当に「家族がちょっと散歩に出ただけ」のようで、想像がふくらむ。ほとんどの部屋に本があった。


- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
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