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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリアの慎重論から見るパレスチナ承認問題

Shutterstock- Federico Fermeglia

2025年9月、世界の一部諸国が次々と「パレスチナ国家の承認」に踏み切る中、イタリアの対応が注目を集めている。イギリスのスターマー首相が「二国家解決への希望を失わせないため」という名目でパレスチナ国家承認を表明する一方、イタリアはその動きに同調することなく、独自の外交スタンスを堅持している。

| メローニ政権の慎重論

象徴より実質を重視する外交哲学

メローニ首相とタヤーニ外相が示すパレスチナ国家承認への慎重姿勢は、単なる親イスラエル政策を超えた、より深層的な外交哲学を反映しているのではないだろうか。
メローニ首相はパレスチナ国家の将来的な設立自体には支持を示しているが、「正式な国家としての枠組みが整う前に承認するのは、逆効果」との立場を繰り返し表明している。

彼女が懸念するのは、「紙の上で国家を承認した」としても、それが現地の構造的問題の解決に直結しないどころか、むしろ問題を「解決済み」と誤解させてしまう恐れがあるということかもしれない。

タヤーニ外相の発言に見られる「イスラエルの同意なしにパレスチナを承認することには賛成しない。目標は平和、二つの民族、二つの国家だが、互いを認め合わなければ無意味で、それはただの宣伝に過ぎない」という言葉は、外交における相互主義の重要性を表現していると考えられる。

「一方的な承認は状況を改善するのではなく、悪化させる解決策になる」という認識は、表面的な象徴的行動よりも実質的な成果を重視する現実主義的外交観を示しているといえよう。

| 国内政治の分裂--野党からの強い反発

しかし、この政府の慎重方針に対して、イタリア国内では強い反発が巻き起こっている。
野党の民主党、五つ星運動、緑の党・左翼連合、イタリア左翼党は共同で、1967年境界に基づくパレスチナ国家の公式承認、ガザでの虐殺に対する非難、即時停戦、イスラエルへの武器売却停止を求める議会動議を提出した。民主党のエリー・シュライン党首は「ガザから届く映像を前に、私たちの誰も沈黙を続けることはできない」と訴え、五つ星運動のジュゼッペ・コンテ党首は「ガザで起きていることは西洋の価値観に対する我々の認識に挑戦している」と強く批判している。

このイタリア国内の分裂は、ヨーロッパ全体に見られる現象の縮図といえる。イタリアのローマに本部を置く独立系の社会調査・政策研究機関ユーリスペス研究所(Eurispes)の2024年イタリア報告書によれば、イタリア人の60.7%はイスラエル国家の存在権を疑問視していないが、その内32.1%はパレスチナ国家の承認と併せて実現されるべきだと考えている。
一方で18.8%はイスラエル国家の存在権を明確に否定している。2004年の同様の調査では存在権を否定する回答がわずか2.8%だったことを考えると、過去20年間で反イスラエル感情が大幅に増加していることが読み取れる。

さらに深刻と思われるのは、反セム主義(反ユダヤ主義)的偏見の拡散である。イタリア人の3分の1(33.4%)がユダヤ人が経済・金融権力を支配していると考え、30%がメディアを支配していると信じ、27.5%がユダヤ人が西洋の政治的選択を決定していると支持している。

15.9%のイタリア人がホロコーストの意義を軽視し、14.1%がそれを否定している。これらの数字は、単なる政治的対立を超えた、より深刻な社会的偏見の存在を示唆しているのではないだろうか。

| ヨーロッパ全体での世論変化

ヨーロッパ全体で見ると、世論調査は西欧諸国におけるイスラエル支持が史上最低水準に達していることを示しているようだ。イスラエル側により共感を示すのは各国で7-18%にとどまり、対照的に、パレスチナ側により共感を示すのは18-33%に上っており、ドイツを除くほとんどの国でパレスチナ支持が上回っている状況と考えられる。

| 日本が歩むべき外交戦略

イタリアの慎重論から学ぶ教訓

このヨーロッパの世論変化の中で、日本はどのような国際的立場を取るべきだろうか。日本の外交政策は長年、中東問題において「建設的中立」を標榜してきたが、現在の複雑な情勢下では、より戦略的で多層的なアプローチが求められているのかもしれない。

日本はイタリアの慎重論から学ぶべき教訓があるように思う。
一方的な承認や象徴的行動が必ずしも平和に寄与しないという認識は重要ではないだろうか。

現状、パレスチナ側には統一政府が存在せず、ガザ地区を実効支配するハマスの存在がイスラエルとの交渉をさらに複雑にしている。西岸地区とガザの分断、難民問題、入植地の拡大など、国家の体裁を整えるための要素がいまだ未解決である以上、承認が象徴以上の意味を持たないという指摘には一定の説得力があると考えられる。

日本が追求すべきなのは、当事者双方が受け入れ可能な枠組みの構築に向けた実質的な貢献なのではないだろうか。具体的には、「二国家解決」を原則として明確に支持し、パレスチナに対する人道援助の強化や、停戦・和平交渉の支援を通じて、実際の変化をもたらす実務的な貢献が求められているように思う。
これは、日本の得意とする経済協力や技術支援を通じた間接的な平和構築アプローチと合致していると考えられる。

さらに、日本は多国間外交における調整役としての機能を強化すべきかもしれない。G7やG20での日本の発言力を活用し、極端な立場の対立を和らげる中間的な提案を行うことができるだろう。「相互承認と現実的交渉プロセスの促進」という独自の役割を果たし、パレスチナ側の統治体制の整備を支援し、イスラエルに対しても暴力の抑制と国際法の遵守を促す中立的立場は、日本ならではの外交的信頼に基づいた貢献といえるのではないだろうか。

| グローバルな価値観への挑戦と長期的視野

日本の外交政策立案者が認識すべきなのは、現在の中東問題がもはや地域紛争を超えた、グローバルな価値観と秩序に関わる問題になっているということだ。
反セム主義の拡散、宗教的過激主義の台頭、人道法の軽視など、この紛争が孕む諸問題は、日本を含む国際社会全体の安定に影響を与えているように思われる。

パレスチナ国家承認の問題については、イタリアと同様に当事者間の合意を前提とする慎重な立場を維持しつつ、その実現に向けた環境整備に積極的に貢献する方針が適切なのかもしれない。

これは、戦後日本が一貫して追求してきた「平和国家」としてのアイデンティティとも合致し、武力ではなく対話と協力による問題解決を志向する価値観を現在の中東情勢にも適用できると考えられる。

また、日本は技術立国としての強みを生かし、デジタル技術やAIを活用した新しい形の平和構築支援を提案することもできるだろう。和平交渉の透明性向上、人道支援の効率化、教育交流の促進など、テクノロジーを通じた創造的な貢献が可能ではないだろうか。

| イタリアの考える慎重さの中に込められた平和への意志

国際政治の舞台において、国家承認とは単なる外交的判断ではなく、地政学的な波紋と道義的責任を伴う決断である。イタリアがとっている「今は承認しない」という立場は、外からは消極的に見えるかもしれない。だがその内実には、「形式よりも中身を重視する」「衝突ではなく合意による解決を支持する」という、極めてイタリア的な現実主義と倫理観が息づいている。

歴史的にも文化的にも交差点にあるイタリアは、地域の安定を単なる理想論ではなく、外交の基盤として捉えている。だからこそ、パレスチナ国家を支持しつつも、その実現のプロセスにおいては慎重であろうとするのだ。

今、日本が向き合うべきなのは、ただ誰かの立場に与することではなく、イタリアのように「複雑さに耐える外交」のあり方ではないだろうか。短期的な成果を急ぐのではなく、平和という名の長い対話に、どれだけ真摯に向き合えるか。その姿勢こそが、国際社会の信頼を築く第一歩となる。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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