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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア少年刑務所制度の危機、懲罰主義への転換

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| 教育重視で世界を先導した1988年の法典

1988年、イタリアは《少年刑事手続法典》を制定し、世界に向けて画期的な宣言を行った。教育こそが刑罰に先立つべきであり、若者たちには処罰ではなく再出発の機会を与えるべきだと。この法典は、未成年者の司法制度において教育的配慮を最優先に置き、社会復帰を目指す革新的なアプローチを示していた。
興味深いことに、日本も1948年に制定された少年法において類似の理念を掲げていた。日本の少年法は成人とは異なり、家庭裁判所において専門の調査官が少年の生育環境や非行内容を調査し、刑罰ではなく「保護処分」を通じた教育的アプローチを重視してきた。両国ともに、少年の健全な育成と社会復帰を最優先とする「保護主義」の理念を共有していたのである。

| 日本の現実:理念はあるが再出発は困難

少年司法において教育重視の理念を掲げている日本においてさえ、その現実は極めてシビアである。法務省の令和元年(2018年)版『犯罪白書』によると、少年院を出院した2,156名のうち、進路が決定していた者はわずか36.2%が就職、4.0%が高等学校復学、1.6%が中学校復学という状況である。この数字を合算すると、出院当時に進路が確定していたのは約42%にすぎず、再出発の見通しを持つことができた者は大きく限定されている。
さらに、再入院についても困難な現状が浮き彫りになっている。令和5年版の『犯罪白書』では、少年院出院者の2年以内の再入院率が約9.7%、5年以内には約14.0%に達しているという。これは、制度的な矯正機能を抜きに出ても、再犯・再非行の再発が一定割合で起きていることを示しており、理念とは裏腹に現場の困難さが浮き彫りになっている事態である。

このような日本の現実を踏まえると、2025年の現在、イタリアで起きている変化の深刻さがより鮮明に浮かび上がる。教育的アプローチを維持している日本でさえこれほど困難な状況であるにも関わらず、イタリアでは教育機能そのものが放棄され、少年刑務所制度は根本的な危機に直面している。

| イタリアの急変

数字が語る制度の変質

数字が語る現実は、理想とのあまりにも残酷な対比を示している。2025年4月末時点で、少年刑務所に収容されている若者は611名に達し、そのうち27名が女子である。この数字だけを見れば、単なる統計の一部に過ぎないかもしれない。しかし、2022年末にはわずか381名だったという事実を重ね合わせると、わずず数年で54%という驚異的な増加率を記録していることが明らかになる。これは単なる数の変化ではなく、制度の根幹に関わる深刻な変質の証左である。

この急激な変化の背後には、明確な政策転換がある。2023年9月に施行された「カイヴァーノ法令(Decreto Caivano)」は、イタリアの少年司法制度における歴史的な転換点として記録されるべき法律である。ナポリ近郊のカイヴァーノで発生した少女への集団暴行事件を契機として制定されたこの法令は、表面的には犯罪予防と社会秩序の維持を目的としているが、その実質は教育よりも懲罰を優先する司法の姿勢を如実に表している。

| カイヴァーノ法令とは

教育より懲罰の司法への転換

カイヴァーノ法令の影響は多岐にわたるが、最も深刻な変化の一つは、18歳以上の若者に対する処遇の劇的な転換である。従来であれば、少年刑務所での教育的プログラムを継続できていた若者たちが、新しい法令の下では成人施設への移送を余儀なくされるようになった。

統計はこの変化の深刻さを物語っている。2024年には189名の若者が成人施設へ移送され、これは2022年の105名から実に80%もの増加を示している。これらの若者たちは、人生の最も重要な時期に教育的支援を断たれ、懲罰的環境に放り込まれることになった。

法令はまた、未成年への拘束対象年齢の引き下げや、14歳以上に適用可能な"都市版DASPO"の導入、携帯端末の使用制限の厳格化など、広範囲にわたる厳罰化措置を含んでいる。警察による即時拘束の権限拡大は、従来であれば家庭や地域社会での支援を受けながら更生の機会を得られた若者たちを、より早い段階で刑務所という隔離された環境に送り込むことを意味している。

制度的変化と並行して、イタリアの少年刑務所は物理的にも限界に達している。国内17ある少年刑務所のうち9施設で定員超過が常態化しており、その過密状態は人道的危機と呼ぶべき水準に達している。トレヴィーゾでは定員の倍近い収容率を記録し、ミラノのベッカリア施設やカリアリ近郊のクアルッチュでは収容率が150%を超える状況が続いている。

この数字の背後には、人間としての尊厳を奪われた若者たちの日常がある。狭い独房に一日20時間以上閉じ込められ、満足な教育機会もリハビリプログラムもなく、ただ時が過ぎ去るのを待つだけの環境。これは教育機関としての少年刑務所の機能を完全に失わせ、単なる収容施設としての役割しか果たさない状況を生み出している。

ボローニャのドッツァ刑務所の事例は、この問題の象徴的な表れである。現代的な少年刑務所として設置されたはずのセクションが、実際には成人施設の構造をそのまま利用する形で運営されており、"少年刑務所という名の成人刑務所"と化している。

過密状態と教育機能の欠如に加えて、精神的ケアの分野でも深刻な問題が露呈している。精神安定剤や抗うつ薬の使用率が44%を超えるという状況は、少年刑務所が教育と成長を支援する場ではなく、問題を薬物で抑え込む管理施設に変質していることを示している。多くの若者が教育時間に眠って過ごしているという報告は、彼らが真の学習機会を奪われ、化学的に静寂を保たれている状態を如実に表している。

この状況の深刻さは、日本との対比でより明確になる。教育的アプローチを維持している日本でさえ、出院者の約6割が進路未定で社会復帰し、5年以内の再入院率が15%程度という困難を抱えている。それにも関わらずイタリアでは、教育機能を薬物管理に置き換えるという根本的な方向転換が行われている。これは社会復帰の可能性をさらに大幅に低下させることを意味しており、「教育を与える刑務所」という理念の完全な破綻を表している。

| 社会的最弱者が最も苦しむ構造的矛盾

この危機的状況において特に深刻なのは、社会的に最も脆弱な立場にある若者たちが不平等な影響を受けていることである。
外国人少年、特にアフリカ北部からの未成年移民や本来保護されるべき立場の若者たちが、少年刑務所収容者の大きな割合を占めている。彼らは家族の支援も社会的ネットワークも欠いた状態で刑務所に留まることが多く、出所後の社会復帰においても深刻な困難に直面している。

これらの若者たちは、犯罪を犯したという事実に加えて、出自、社会的地位、家族状況といった複合的な不利益を背負っている。こうした深刻な状況に対して、イタリアの市民社会組織は断固たる行動を起こしている。アンティゴーネ、子どもの権利を守る会・イタリア支部、リーベラといった人権団体と社会正義組織が連携し、国連子どもの権利委員会に対して正式な報告書を提出して告発を行った。
彼らの訴えは明確かつ緊急性を帯びており、「少年刑務所が教育施設から処罰収容所に変質しつつある」という現実を国際社会に向けて告発している。

これらの組織による告発は、単なる批判を超えて、制度的改革への具体的な要求を含んでいる。カイヴァーノ法令の廃止、教育者と社会保障従事者の適切な配置、警察官の継続的研修、個別教育プログラムの実施、文化的仲介者の配置、ボローニャの成人施設内少年セクションの即時閉鎖、低セキュリティ施設の設立、延長面会の実現、独立監視機関の強化など、包括的な改革案を提示している。

カイヴァーノ法令とそれに続く一連の変化は、単なる政策調整ではなく、イタリア社会の価値観そのものの転換を表している。教育と復帰という憲法的理念よりも、社会的怒りと処罰的正義が優先される状況は、司法制度が政治的圧力や世論の感情に屈した結果といえる。
これは日本の少年法が直面している課題とも共通している。

日本でも近年、少年事件の重罰化や成人年齢引き下げに伴う制度変更により、従来の保護主義的理念への圧力が高まっている。
しかし、イタリアの現状は日本をはるかに超える深刻さを示している。日本では家庭裁判所による審判制度や少年院での教科教育、職業指導、生活指導を統合したプログラムが維持されているのに対し、イタリアでは教育機能そのものが薬物管理に置き換えられ、施設の過密化により人道的な処遇すら困難な状況に陥っている。

警戒すべきは、日本の経験が示す教訓である。教育的理念を堅持し、専門的な調査・支援体制を維持している日本でさえ、少年院出院者の社会復帰は決して容易ではない。進路決定率が4割程度、長期的な再犯率の高さという現実を考えると、教育機能を放棄し懲罰的管理に依存するイタリアのアプローチは、若者たちを確実に社会復帰不可能な状況に追い込むことを意味している。

特に懸念されるのは、この変化が社会全体の寛容性と成熟度に与える長期的影響である。若者の過ちを教育の機会として捉えるのではなく、社会から排除すべき脅威として扱う姿勢は、両国が長年培ってきた人権保障と社会復帰支援の伝統を根本的に損なう危険性を孕んでいる。

現在の危機的状況から脱却するためには、1988年の少年刑事手続法典が掲げた教育的理念への根本的な回帰が不可欠であるようだ。これは単なる政策修正では達成できず、司法制度、社会保障制度、教育制度を包含する包括的な改革が必要である。

日本の経験を参考にすれば、家庭裁判所の調査官制度のような専門的な調査・支援体制の確立、個別の教育プログラムの充実、地域社会との連携強化などが重要な要素となる。少年刑務所の収容環境を抜本的に改善し、教育プログラムと職業訓練の充実を図る必要があるだろう。過密状態の解消は最優先課題であり、新たな施設の建設や既存施設の拡充に向けた予算配分が急務なのではないか。


日本の少年院が実践してきた教科教育、職業指導、生活指導を統合したアプローチは、他国にとっても有効なモデルとなり得る。特に個々の少年の特性や背景に応じた指導を重視する点は、再犯防止と社会復帰の両立に資する。少年の尊厳を守りながら自律性と社会性を育む取り組みこそが、真の更生を実現する鍵となる。

| 教育を喪失した現代の司法への警鐘

イタリアの制度改革にとって貴重な参考事例となり得る。
イタリアの少年刑務所制度が直面している危機は、単なる制度的問題を超えて、社会の価値観と未来への責任に関わる根本的な問題である。若者の過ちを処罰の対象として見るか、成長の機会として捉えるかという選択は、社会の成熟度と人間性を測る重要な指標といえる。1988年に掲げられた理念を「懐かしい歴史」として葬り去るのか、それとも現代に蘇らせて新たな社会を築くのか。この選択は、現在のイタリア社会が直面している最も重要な課題の一つであり、その答えは若者たちの未来と社会の品格を決定することになるだろう。制度改革への道のりは困難を伴うが、未来への責任として、そして人間としての尊厳を守るために、この挑戦を避けることはできない。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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