World Voice

NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

音楽座を退団し独立へ!高野菜々が語る、日本とNYをつなぐ新しい挑戦

©nana lab. Inc (掲載写真すべて)

これまでも何度か取材をさせていただいている女優の高野菜々さんが、音楽座を退団し独立することとなりました。今回のお話では、これまで以上に率直な胸の内や、独立への決意について深く語っていただきました。

――音楽座ミュージカルを退団して独立を決められたそうですね。決断のきっかけを教えてください。

2020年のコロナ禍で、音楽座ミュージカル「SUNDAY(サンデイ)」(オリジナル初演キャストとして主演を演じた)の全国の公演は実現できましたが、地元・広島での公演だけは中止となり叶いませんでした。東京、名古屋、大阪では舞台に立てたのに、広島で演じられなかったことは大きな心残りとして残っていました。

そして昨年、同作品の再演が実現でき、広島公演の千秋楽を迎えたときに「次のステップに進むときだ」と直感しました。そこから劇団と何度も話し合いを重ねて、最終的に退団を決断いたしました。

私は一俳優ですが、同時に「枠にとらわれたくない」という思いもあります。どこかの事務所に所属させていただくという選択肢もありましたが、与えていただいたレールをこのまま走るよりも、自分のレールをつくり走っていくことが次のミッションだと感じました。

決断に至るまでにはたくさん悩み、いろいろな方に助言もいただきました。それでも最終的には「いい選択ができた」と胸を張って言えます。...いい選択だったと後悔しないために行動しよう。というのが本音でしょうか。そして良いタイミングで今のマネージャーさんと出会うことができ、数々のご縁に恵まれたことを心から感謝しています。

――事務所も立ち上げられた背景は?

はい。小さな個人事務所ですが、マネージャーや広報や制作スタッフ、サポートチームメンバーもいて、経営の顧問の方にも入っていただいてます。とてもありがたいことに、ご縁に恵まれて、一緒に走ってくれる仲間ができました。独立のタイミングも自然で、「今しかない」と思えたんです。

ニューヨークではオーディションで年齢を書く必要がありません。でも日本は必ず年齢を書きます。もし自分が20代だったら、また違う選択をしていたかもしれません。ただ、今の自分の年齢を考えたときに、「私が私である意味」「私が俳優・表現者である意味」を突き詰めると、One of Them (特別な存在ではなく、群れに埋もれてしまう一人)になる選択肢はありませんでした。

誰かがすでにやっていることは、いわば Red Ocean(すでに多くの競合相手が存在していて、激しい競争が繰り広げられている市場や分野) で、自分が本当にやりたいことではなくて...

私は昔から、みんなが反対することを選んでしまう性格かもしれません。NYに行きたいと思ったときも、英語すらできなかったので周囲は大反対でした。でも「やりたい」と思うと燃えてしまうタイプで、できないと思うことに挑戦するほうが、むしろやりがいがあると感じます。

newsweekjp_20250831172913.jpeg

――独立を決めたときの心境を教えてください。

先のことはまったく見えていませんが、行動しなければ何も起こらないと思いました。音楽座ミュージカルに在籍していた頃、創設者の方が2016年に亡くなられたのですが、よく「誰かの人生に自分を預けてはいけない」と言っていただいていた言葉がずっと心に残っています。「自分の人生を自分でデザインしなさい。自分の人生の経営者でありなさい」と。その言葉が私の指針になっています。

周りには助けてくださる方々もたくさんいて、本当に自分がやりたいことは何だろうと考えました。表現者として表現を続けたい、自分にしかできない特長は何か。その一つが、NYでの経験を通じて広島出身である自分を強く意識するようになったことです。

表現者、そして創り手として何かを生み出し、人の心をかき立てるものをつくりたい。そう思ったときに、「自分の人生をかけてやるためには、そのための場と一緒に走ってくれる同志が必要だ」と感じて、事務所を立ち上げました。

――広島で生まれ育ったことは、ご自身にとってどんな意味を持っていますか?

2年前NY滞在中に、公立図書館の英会話クラスに通っていました。そこには今も戦禍にあるロシアやウクライナから来ている人たちも含めて、さまざまな国の人が集まっていました。

ちょうどロシアによる戦争が始まって1年ほど経った時期で、授業のテーマに「自分の国の政治について話す」というものがありました。ロシアから来ていた人たちは、「申し訳ないけれど話せない」と言うのです。「ロシアについて自分が何か発言すると、いろいろな憶測を呼んでしまうかもしれないから」と考えていたようでした。

自分の国に対する意見がどう受け止められるかを恐れて、あえて発言を控えるという姿を目の当たりにしたとき、「自分の言葉がそのまま国の代表として受け止められることもあるのだ」と気づかされました。その感覚こそ、日本ではあまり意識してこなかったもので、大きな驚きとなりました。

そんな中、自分が広島出身だと伝えると「えぇ~」という反応が返ってきて、思った以上にまわりに影響を与えることを実感しました。客観的な視点で「まだまだ世界は広島のことを思ってくれている」と気づかされ、私にとっては当たり前だった「広島で生まれたこと」で、人から「大変だったね」「本当に申し訳ない」「可哀想」と周りに声をかけられることに、カルチャーショックを受けました。日本といえば、東京、京都くらいしか知らない人がほとんどだと思っていたので、広島、長崎の知名度が高いことにも驚きました。

――NYで過ごした経験から、どんな気づきがありましたか?

日本人は相手が何を思っているかを気にして、長いものに巻かれることを美徳とする傾向にあると思うんです。でも海外では"人は人、自分は自分"で、自分の意見をはっきり伝えるのが当たり前なんです。私自身、世間の正解に従うことや人に迎合をせず、自分らしくいることに立ち返ることができました。なんだか、幼い時の心をふと思い出したんです。

そうしたNYでの気づきは今の活動にもつながっていて、私が文化芸術を広めることで、子供たちが、自由に自分らしくいられる場をつくってあげたいと思うようになりました。それが、いずれ人と人が寄り添うことにつながるのではないかと感じています。そんな可能性を海外での経験から見いだしました。

newsweekjp_20250831170801.jpeg

――文化や芸術と、戦争の記憶はつながっていると感じますか?

今年の広島平和記念式典は被爆80年という節目でした。広島市長が文化芸術について触れられていて「文化芸術は人と人とのつながりに良い役割を果たす。決して難しいことではなく、できることを見つけて行動することです」といったお話しをされていて、とても心に響きました。私は広島出身であることもあり、他県の方より多く、実際に被爆者や被爆二世の方たち家族の体験を聞いて育ってきたこともあり、芸術が人と人をつなぎ、記憶を未来に引き継いでいく力を持っていると信じています。

NYの様々な人種が集う中、まだまだ消えない差別がありますが、かつては日本でも被爆者に対する差別が、強くありました。被災直後、放射能が残る中へ家族を探しに入らざるを得なかった人も多くいました。私の祖母もその一人で、二次被爆(原爆による直接の爆風や放射線を浴びた「一次被爆者」ではなく、 その後に被災地へ入ったことで放射線にさらされた人たち を指します。)した過去があります。「被爆手帳」を申請すれば医療費が無料になる制度がありましたが、それを持っていると「お嫁にいけない」と言われることがあり、あえて申請しなかったそうです。

また、私の父親は広島から東京に大学進学のために出たのですが「被爆は移るのか」と尋ねられたという話も聞きました。今では考えられないことですが、当時は無知からくる偏見や差別が確かに存在していました。

――具体的には、これからどのような活動を?

来年の春には東京と広島でソロコンサートを予定しています。8月末には公式サイトもオープンし、YouTubeも始めます。最初は"歌ってみた"動画からですが、事務所立ち上げやコンサート準備の裏側を、ドキュメンタリーのように発信していきたいです。

――日本とNY、二つの拠点をどう結んでいきたいですか?

日本のように枠で区切られることなく、自分にしかできない表現を大切にしていきたい。東京や広島を拠点に日本とNYを文化でつなぐこと、それが私にできる役割だと思っています。

高野菜々さんは「行動しなければ何も始まらない」と元気いっぱいに語った。広島出身であること、音楽座ミュージカル出身であること、これまでの経験をまとい、事務所を設立し独立するという人生の舞台に向かう彼女の姿は、頼もしくもあり、新しい文化のかたちを私たちに示してくれるに違いない。

【プロフィール】
高野菜々(こうのなな) 広島県出身。広島音楽高校を経て、音楽座ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』で主演デビュー。『SUNDAY(サンデイ)』で、令和2年度(第75回)文化庁芸術祭賞(演劇部門新人賞)受賞。2022年、文化庁新進芸術家海外研修員としてニューヨーク留学し、現地でソロコンサートを成功させる。2025年3月に音楽座ミュージカルを退団。同年8月、自身が代表を務める株式会社nana lab.を設立。 主な出演作:『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』主役・折口佳代役、『リトルプリンス』主役・王子役、「生きる」(企画制作:ホリプロ)ヒロイン・小田切とよ役など。声優としても多数の主演作品を持つ 。Tokyo FMや広島FMのラジオパーソナリティもつとめた。

【関連リンク】
高野菜々オフィシャルサイト
高野菜々のオフィシャルYoutubeサイト

 

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ