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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリアがフェミサイドを終身刑に

イタリア・フェミサイド危機 
新法成立でも根深い構造的問題は解決されず

三日ごとに一人の女性が殺される現実

2024年、イタリアで記録されたフェミサイド(女性に対するジェンダー基盤の殺害)は160件だった。
これは平均すると三日ごとに一人の女性が殺されていることを意味する。
イタリア国家統計局が発表したこのデータは、同国における女性に対する暴力がいかに深刻で蔓延した問題であるかを如実に示している。2024年の全殺人事件327件のうち、実に116件が女性被害者であり、これは全殺人の約35パーセントを占める歴史的な高さである。
さらに懸念すべきことに、これらのフェミサイドのうち62件がパートナーまたは元パートナーによるものであり、つまり親密な関係から生じる暴力が主要な原因となっているという実態が浮き彫りになった。

2025年3月8日の国際女性デーを前に、イタリア政府は7日、性別を理由に女性を標的にする殺人「フェミサイド」を厳罰化する法案を閣議決定した。2025年3月7日、国際女性デーの前夜、イタリアのメローニ政権はフェミサイド(女性に対するジェンダー基盤の殺害)を独立した犯罪として規定する法案を閣議決定したのである。その後、3月25日、イタリア下院はこの法案を全会一致で可決した。有罪となった場合には自動的に終身刑が科せられるという厳罰的な法律である。この可決は、ジュリア・チェッケッティン殺害事件から2年が経過した現在、イタリア社会における女性に対する暴力を根絶する決意を示す象徴的な瞬間となった。

イタリアではこれまで、フェミサイドを独立した犯罪として認識する法的枠組みが存在しなかった。殺人事件の一形態として扱われ、被害者が配偶者である場合に加重要件が適用されるに過ぎなかった。しかし2025年11月25日、この状況は劇的に変わることになった。

国連が定めた「女性に対する暴力撤廃国際日」と同じ日に、イタリア議会は全会一致に近い形でフェミサイドを独立犯罪として認定し、終身刑を自動適用する新しい法律を可決した。下院では237票の賛成票が投じられ、反対票は皆無に等しい圧倒的な支持を得たのである。
この法成立は、保守派のメローニ首相と中道左派の野党勢力が一致団結して女性に対する暴力に対抗するという、イタリア政治における稀有な協力姿勢を象徴している。


記号的な勝利か、実質的な解決か

法成立に至った背景には、2023年に起きたジュリア・チェッケッティン殺害事件がある。
大学生だった同氏は元交際相手に殺害され、この悲劇的な事件は国民的な怒りと議論を巻き起こした。その後、パメラ・ジェニーニという29歳の起業家兼インフルエンサーが、元交際相手によって自宅のバルコニーで殺害されるという事件が相次いだ。こうした高プロファイルな事件がメディアで大きく報道されたことで、女性に対するジェンダー基盤の暴力が単なる個別の犯罪ではなく、イタリア社会に根ざした構造的な問題であることが認識されるようになった。

メローニ首相はこの新法成立について、「蛮行的な暴力に対する明確なメッセージ」であり、「女性の自由と尊厳を守るためのツール」であると述べた。たしかに、フェミサイドを法律上独立した犯罪として認定し、終身刑を課すという枠組みは法的な前進である。それは社会全体に対して、女性殺害を最も重大な犯罪として扱うというシグナルを発することになる。しかし、法律の成立がただちに街頭での暴力を減らすか、または根深い男女差別的な文化を変えるかどうかについては、大きな疑問符が残される。


防止戦略の欠落と教育政策の矛盾

野党勢力や女性活動家から寄せられている批判の中核は、メローニ政権が「処罰」を強調する一方で、「予防」に十分な力を注いでいないということである。終身刑は犯罪後の司法的な手段に過ぎず、その犯罪がそもそも起きないようにするためには、社会全体における文化的な変革が必要である。専門家たちが指摘するのは、性教育と感情教育の重要性である。国連も認めているように、質の高い性教育と人間関係教育は、若年層にジェンダーに基づく暴力や性的同意についての知識を与え、将来的な犯罪を防ぐ前段階となり得る。

ところが、イタリアの教育政策は逆方向に進んでいる。メローニ政権は最近、幼稚園から小中学校段階での性教育と感情教育を制限する法案を可決させた。イタリアはヨーロッパの中でも、公立学校での性教育を義務化していない数少ない国の一つであり、既に教育水準が低いとされていたのに、さらなる制限が加えられたのである。メローニ首相は性教育の制限を、いわゆる「woke なジェンダー理論」が教育現場に入り込むのを防ぐための防衛手段であると位置づけている。
しかし野党勢力は逆に、早期の基礎的な性教育を提供しなければ、イタリアは古い家父長制の枠組みにますます縛られることになると主張している。民主党党首のエリー・シュライン氏は指摘する通り、「イタリアはヨーロッパが前進する中で、一人取り残されて中世に後戻りしている」という危機感は決して根拠のないものではない。

働く女性の現実と出生率の危機

法律の形式的な成立と同時に、イタリア社会における女性の実質的な地位に関する統計データは、極めて暗澹たる状況を示している。2025年版の世界経済フォーラムのジェンダーギャップ報告書によれば、イタリアは148国中85位にランクされている。これはヨーロッパ諸国の中では最も低い水準であり、イタリアは男女格差の観点からみればヨーロッパの最後進国の一つとなっている。特に懸念すべきは、女性の経済参加に関する指標である。
2024年版から更に6ポイント下降し、107位に落ち込んでしまった。

労働市場への参加率を見ると、男性が60パーセント近いのに対し、女性は二年連続で41.5パーセントにとどまっている。女性の賃金は特定の業種では男性より最大40パーセントも低く、このような経済的不平等が女性の生活基盤を脆弱にしている。さらに女性管理職の割合は全体の39パーセント、女性の最高経営責任者に至ってはわずか7パーセントという現状からは、意思決定の場における女性の排除が明白である。

こうした労働市場における女性の困難さは、出生率の低下と密接に関連している。
イタリアの合計特殊出生率は2024年に1.18まで低下し、これは十六年連続の低下を記録している。
2025年の1月から7月までの暫定値はさらに1.13まで落ち込んでいる。人口置換水準の2.1に遠く及ばないこのレベルは、イタリアの長期的な人口減少と超高齢化という深刻な危機を意味している。メローニ首相は出生率の低下を女性たちの責任であるかのように言及し、女性がキャリアに集中することが少子化の原因だと述べてきた。しかし統計的には、女性たちが子どもを持たない選択をする背景には、経済的な困難さと、育児支援体制の不足という構造的な問題が存在している。
メローニ政権は伝統的家族観を掲げ、代理出産を禁止する法律を成立させたが、保育料の負担軽減については実質的な施策を講じていない。むしろ首相就任後初の予算では、保育所建設の計画が削除されたのである。これは、出生率向上という政府の目標と、実際の政策執行との深刻な矛盾を示唆している。


根本的な解決へ向けて必要とされるもの


イタリアのフェミサイド問題は、犯罪者に対する厳罰化で解決されるような単純なものではない。むしろ、社会全体における男女間の権力関係、経済的不平等、教育における性別に基づく固定観念などの根本的な構造的問題に対処することが必要である。新しい法律は象徴的な価値を持つが、それだけでは不十分なのである。

フェミサイドを減らすためには、複合的で長期的なアプローチが必須となる。第一に、公立学校における包括的な性教育と感情教育の充実である。若い世代に対して、ジェンダーの平等性と人間関係における相互尊重の価値観を植え付けることが、将来的な暴力予防につながる。第二に、労働市場における女性の地位向上と経済的自立の支援である。女性が経済的に自立できれば、虐待的なパートナーからの逃げ道が広がる。第三に、家庭内暴力や性暴力の被害者に対する包括的な支援体制の強化である。シェルター、カウンセリング、法的支援など、被害者が安全に回復できるためのインフラストラクチャーが必要とされている。

イタリア社会が、このような構造的な変革に真摯に取り組むか否かによって、新しい法律が本当の意味で女性たちの命を守るツールとなるのか、それとも単なる政治的なジェスチャーに終わるのかが決定されるであろう。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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