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ヴィズマーラ恵子|イタリア

太陽光パネルか、それとも小麦畑か?イタリアが突きつけた究極の選択

Il Sole 24 ORE Youtube公式チャンネルより

| 変わりゆく地中海の風景

地中海の青い空の下、トスカーナの丘陵地帯を走る高速道路から眺める風景が変わりつつある。かつて黄金色の小麦畑やオリーブの木々が織りなす牧歌的な光景が広がっていた場所に、今では規則正しく並んだ太陽光パネルの列が陽光を反射している。この変化こそが、2024年5月にジョルジャ・メローニ首相率いるイタリア政府が農業法令で農地への地上設置型太陽光パネル設置を原則禁止した理由の核心にある。

無秩序な太陽光発電を意味する「野放し状態の太陽光発電」という言葉が、イタリアのエネルギー業界で頻繁に使われるようになったのはここ数年のことだ。特に南部のプーリア州やシチリア島では、投資ファンドが次々と農地を買収し、まるでカーペットを敷き詰めるように太陽光パネルで覆い尽くしている。地元住民からは「我々の故郷が工場になってしまった」という嘆きの声も聞こえる。

| 法令に隠された戦略的意図

法令第5条の条文を読み解くと、政府の戦略的な思考が見えてくる。全面禁止ではなく、巧妙に例外を設けている点が興味深い。国家復興計画(PNRR)関連プロジェクトや農業併用型太陽光発電は認められており、これは「農業とエネルギーの対立」から「農業とエネルギーの協調」へのシフトを促そうとする意図が透けて見える。

農業界の歓迎と再エネ業界の猛反発

農業団体コルディレッティの幹部は、「土地は我々の文化そのものだ」と力説する。イタリアの農家にとって農地は単なる生産手段を超えた存在で、祖父母から受け継いだ土地で作られるワインやオリーブオイルには、何世代にもわたる知恵と愛情が込められている。こうした感情的な結びつきが、太陽光開発への反発の根底にあることは間違いない。

対照的に、再生可能エネルギー業界の反応は激烈だった。イタリア太陽光協会の代表は記者会見で「これは21世紀の禁酒法だ」と比喩し、法令の非現実性を訴えた。ただし誤解してはならないのは、この法令が農地での太陽光発電を完全に禁止したわけではない点だ。実際には、高度農業併用型システム(地上高2.1メートル以上で農業との共存が可能な設計)や国家復興計画関連プロジェクトなどは例外として認められている。

それでも業界側の批判は厳しい。イタリア電力連盟は、法令がエネルギー転換の進行を遅らせ、結果的に戦略産業や製造業への電力供給価格に悪影響を及ぼすと懸念を表明している。特に農地は太陽光発電にとって理想的な立地条件を備えており、平坦で日照条件が良く、送電網へのアクセスも良好な場合が多い。こうした優良立地の大部分が利用できなくなることで、太陽光発電のコストは上昇し、結果として消費者の電気料金にも影響が及ぶ可能性がある。

| 数字が語る現実と環境団体の複雑な立場

しかし、この問題をより深く掘り下げると、単純な対立構造では捉えきれない複雑さが浮かび上がってくる。再エネ業界側は、実際に農業に支障をきたしている面積はイタリア全土の農地のごく一部に過ぎず、数値的にも農業の生産性に大きな影響を与えるようなレベルではないと反論している。再生可能エネルギー連合やレガーメベンテなども、「農業併用型太陽光発電の可能性を摘む形になり、長期的には農業とエネルギーの両立を損なう結果となる」との見解を示している。

興味深いのは、環境団体レガーメベンテの立場だ。彼らは法令の趣旨は理解しつつも、従来型の低い農業併用システムを排除する一方で、例外として認められている「高度農業併用型システム」(高さ2.1メートル以上で農業共存型)については積極的に評価している。この技術革新こそが、農業と再生可能エネルギーの真の共存を可能にするというのが彼らの主張である。

エネルギー税制の専門分析機関によれば、本法令の規定内容は単なる農業保護政策にとどまらず、再生可能エネルギーに対するイタリア政府の制度設計の限界を浮き彫りにしているとされる。地域の自治体に与えられる裁量や、設置許可の手続きにかかる行政コストの増加など、事業者側にとっての不確実性が増しており、実質的には新規設置が大きく抑制される構造となっている。

農家や再エネ事業者双方から指摘されているのは、法令の柔軟性の欠如である。小規模農家にとって、太陽光パネルのリース収入は貴重な副収入源だった。気候変動による異常気象で農作物の収穫が不安定になる中、安定したエネルギー収入は経営の下支えとなっていた。特に高度農業併用システムであれば農業活動と両立できるにもかかわらず、複雑な認証手続きや高いコストがその導入を阻んでいるという現実がある。

環境団体の立場もまた複雑だ。世界自然保護基金(WWF)は農地保護を支持しつつも、気候変動対策としての再生可能エネルギー推進の重要性も強調している。環境団体レガーメベンテに至っては、「本当の土地消費の原因は都市化やショッピングモールの建設だ」と指摘し、太陽光発電をスケープゴートにしていると批判的な視点を示している。

| 技術革新への扉は開かれているか

注目すべきは、法令が完全に門戸を閉ざしているわけではない点だ。農業併用型太陽光発電への例外措置は、技術革新による解決策への道筋を示している。特に地上高2.1メートル以上に設置される「高度農業併用型システム」は、その下で農作物を育てたり家畜を放牧したりすることが可能で、まさに「一石二鳥」のアプローチといえる。

この技術に対する業界の関心は高く、イタリア太陽光協会も「高度農業併用システムこそが未来の解決策だ」と評価している。従来の地上直置き型パネルとは異なり、農業活動を妨げることなくエネルギー生産が可能なこの技術は、理論的には農業界と再エネ業界の両方にメリットをもたらす。

ただし、現実は単純ではない。高度農業併用システムは設置コストが高く、また設計や施工に高度な技術が必要となるため、小規模農家にとっては導入障壁が高い。また、法律上の認定手続きが複雑で時間がかかることも普及の妨げとなっている。

こうした課題を克服するために、地域レベルの支援体制や補助金制度の充実が求められているが、現状ではまだ十分とは言えない。

| ヨーロッパ全体への波及効果

イタリアに限らず、ヨーロッパ全体が直面しているのは、エネルギー安全保障と食料安全保障という二つの重要課題の板挟みだ。ウクライナ危機以降、ロシアからのエネルギー供給減少に対応するため再生可能エネルギーの拡充が急務となったが、同時に農業資源の保全も必要だ。

この二つの安全保障はしばしば衝突し、政策決定者は難しい選択を迫られている。特にイタリアのように農業が国民経済に占める割合が大きく、農業文化が強固な国では、この対立はより顕著である。

この法令が他のヨーロッパ諸国に与える影響も無視できない。

イタリアの農地保護と再エネ規制強化は、他のヨーロッパ諸国にも影響を及ぼし始めている。スペインやフランスでも同様の議論が活発化し、農業と再エネの共存を図るための法整備が検討されている。

| 企業向け:トランジション5.0計画始動

2024年8月、イタリア政府は新たな産業支援策として「トランジション5.0計画」を官報に掲載し正式承認した。これは、従来の「インダストリア4.0」に続く次世代の企業支援政策であり、デジタル化とグリーン化の両方向への転換を目指す企業を対象に、2024年から2025年の2年間で合計127億ユーロ(約2兆1717億円)の税額控除を提供する。

この計画の特徴は、企業が審査なしで自動的に恩恵を受けられる点にあり、効率的かつ持続可能な生産への移行を強力に後押しすることを狙っている。太陽光発電を含む再生可能エネルギー設備の導入やスマートファクトリー化、環境負荷低減技術の採用などが支援対象となるため、今回の農地太陽光規制の厳格化とあわせ、イタリアの企業が次世代産業へのトランジションを進めるうえで重要な役割を果たすだろう。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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