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ベトナムと日本人

ヨシヒロミウラ|ベトナム

ベトナムのマンガ文化を築いた聖地 ― キムドン出版社本社を訪ねて

ハノイのクアンチュン通りに立つキムドン出版社本社ビル。日本から数えきれないほどの名作漫画がここへ届けられ、日本とベトナムを結ぶ“物語の架け橋”が生まれた。

ハノイのThien Quang湖を目の前にした通り、Quang Trung 通り55番地にある「キムドン出版社(Nhà xuất bản Kim Đồng)」。

ここはただの出版社ではない。日本のマンガを愛する者にとって、まさに"聖地"と呼ぶにふさわしい場所だ。

私自身、このビルを訪れた瞬間、胸の奥が熱くなった。子どものころから慣れ親しんだ漫画たち『ドラえもん』や『名探偵コナン』、古い漫画で言えば『鉄腕アトム』、『おれは鉄兵』、『ドクタースランプ』が、遠くベトナムの地でも大切に読まれてきた。その原点が、まさにこの場所なのだ。

キムドン出版社の歩み ― 子どもたちの夢を守り続けて

IMG_5805.jpegキムドン出版社は1957年、戦後の混乱期に「子どもたちに希望と知識を届けたい」という思いから設立された。創立当初は絵本や児童文学が中心だったが、時代とともに幅を広げ、1990年代以降は日本の漫画を正規ライセンスで翻訳出版するようになった。『ドラえもん』を皮切りに、『ワンピース』『ナルト』『スラムダンク』『名探偵コナン』『銀魂』『鬼滅の刃』など、誰もが知る名作を次々に刊行。

この挑戦がどれほど画期的だったか、当時を知る人ならわかるだろう。海賊版が溢れていた時代に、キムドンは正規契約を結び、きちんとした翻訳・印刷で読者に届けた。そのおかげで、ベトナムの子どもたちは安心して本物の日本漫画に触れ、日本の作家たちの世界観を正しく理解することができた。いまベトナムで日本語を学ぶ若者たちの多くが、「最初に出会ったのはキムドンのドラえもん」と語るのも納得だ。

本社を訪れて感じた「文化の力」

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私が本社を訪れたのは、週末の午前。外観はモダンでありながら、どこか懐かしさを感じさせる建物だ。入口には赤いロゴマーク。笑顔の子どものシルエット。ベトナムの読者たちにとって、このマークは"夢の印"のような存在だという。

本社ビルの1階は書店になっていて、中に入ると少年少女や小さな子を連れた家族連れで賑わっている。過去にはこの場所で「名探偵コナン展」などが開催され、青山剛昌氏の特別展示コーナーや、登場人物になりきれる撮影スポットなども設けられたという。出版社の本社がこのようにファンと文化をつなぐ場になっていることに、深い感動を覚えた。

建物の空気には、60年以上にわたり子どもたちに物語を届けてきた重みがある。書棚に並ぶ漫画の背表紙を眺めていると、国境を越えて文化がつながる奇跡のようなものを感じた。

"日本とベトナムをつなぐ架け橋"としてのキムドン

IMG_5809.jpegキムドンの最大の功績は、単に漫画を翻訳したことではない。それは、日本の物語をベトナムの心に溶け込ませたということだ。翻訳の質、編集の丁寧さ、装丁のセンス。どれを取っても愛情がこもっている。ページをめくるたびに、作品への敬意が伝わってくる。

この出版社が築いた土台の上に、いまベトナムの漫画家たちや若い読者の夢が広がっている。それは、まさに"文化のリレー"だ。日本のクリエイターが描いた物語が、キムドンの手で再び命を吹き込まれ、ベトナムの未来へと受け継がれている。

聖地巡礼を終えて ― 皆さんにも訪れてほしい

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ビルの前で記念撮影をしながら、私は心から思った。「この場所は、物語の力を信じるすべての人のためにある」。キムドン出版社は、文化や言葉の壁を越えて人をつなぐ、ベトナムの誇りだ。ハノイを訪れる機会があれば、ぜひ一度足を運んでほしい。赤いロゴの下で写真を撮れば、あなたもきっと感じるだろう。漫画が国境を越えて心を結ぶ、その不思議で温かな力を。

所在地: Kim Đồng Publishing House, 55 Quang Trung, Hai Bà Trưng District, Hà Nội ハノイのノイバイ空港からタクシーで約1時間

巡礼のおすすめ時期: 通常営業時間(月曜日〜日曜日 7時から19時半まで)。イベント開催時、限定版コミック販売時、写真撮影スポットがある時など。

Kim Đồng Publishing House ウェブサイト: https://nxbkimdong.com.vn/


 

Profile

著者プロフィール
ヨシヒロミウラ

ベトナム在住。北海道出身。武蔵大学経済学部経営学科卒業。専攻はマーケティング。2017年に国際交流基金日本語パートナーズとしてハノイに派遣。ベトナムの人々と文化に魅了され現在まで在住。現在進行形のベトナム事情を執筆。日本製品輸入商社と人材紹介会社に勤務。個人ブログ: ベトナムとカンボジアと日本人 X: @ihiro_x Threads: ihiro_x

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