
イタリア事情斜め読み
司法の反乱がイタリアの移民統制を骨抜きにする
民主主義を蝕む権力の逆転
パレルモ裁判所がドイツのNGO「シーウォッチ」に対し、イタリア政府に9万ユーロ(約1,638万円)の賠償を命じた判決は、ヨーロッパにおける司法権の暴走を象徴する事件である。メローニ首相が「言葉を失う決定」と述べたのは、感情的な反発ではない。それは、民主主義国家における権力分離の原則そのものが揺らいでいることへの警告なのだ。
| 不法移民との戦いは国家の基本的権限である
イタリアは地中海の移民危機の最前線である。毎年数千人の不法移民がリビア沖から救助され、シチリア島に上陸する。これは人道的課題ではなく、国家の雇用機会奪取、社会保障制度の破壊、公安秩序の脅威である。民主的に選出されたメローニ政権が不法移民を抑止しようとするのは、政府として当然の責務である。
2019年、サルヴィーニ内務大臣が実施した「港閉鎖政策」により、不法上陸と海難事故がほぼゼロまで低下した。この実績は、強力な国境管理が有効であることを証明している。それなのに、裁判所はこの政策の実行を事後的に否定し、政府に賠償を命じたのである。
| シーウォッチ号の強行突破は違法行為である
シーウォッチ側は、この行為を「市民的不服従」と美化しようとしている。だがそれは詭弁だ。市民的不服従とは、不当な法律に対する良心的反抗である。イタリアの移民法は国際法に基づいた正当な法律であり、ドイツの活動家がそれに従う義務があるのは当然である。
政府が違法行為を取り締まり、船舶を拘束することは、国家の基本的な執行権である。ラケーテは2021年に刑事手続きが打ち切られたが、それは司法の判断であった。しかし、その同じ司法が今度は、政府に賠償金を支払わせている。
この矛盾が露呈させるのは、司法の一貫性の欠如である。
カローラ・ラケーテ
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カローラ・ラケーテ
ドイツ人活動家カローラ・ラケーテ:1988年5月8日、ドイツ・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州プレーツ生まれのドイツ人航海士、環境活動家、元船長である。航海科学を学び、商船や研究船で勤務し、南極を含む極地海域での航海経験を持つ。環境保護団体や海洋保全活動にも関わってきた。2019年6月、ドイツのNGO「Sea-Watch」の救助船「Sea-Watch 3」の船長として、リビア沖で救助した移民53人を乗せたままイタリア政府の入港禁止措置に反してランペドゥーザ港に入港し、逮捕された。その後、裁判所判断により釈放され、2021年に刑事手続きは打ち切られた。
2024年の欧州議会選挙でドイツ左派政党「Die Linke」から立候補し、欧州議会議員に当選した。現在は環境保護、人権、移民政策などを中心に活動している。
|「黙示の承認」という法的欺瞞
判決の法的根拠は一層問題がある。シーウォッチはアグリジェント県知事に異議を申し立てたが、回答がなかった。パレルモ裁判所はこの沈黙を「黙示の承認」と解釈し、拘束は違法だと判断した。
これは危険な法的先例である。もし行政の「沈黙」を同意と見なすなら、政府はあらゆる決定について回答義務を負うことになり、行政機能は麻痺する。判事たちは、法的整合性よりもイデオロギー的な結論を優先させたのである。
司法の政治化が民主主義を破壊する
根本的な問題は司法の政治化である。イタリアの一部の判事たちは、左派的なイデオロギーに基づいて判決を下している。ドイツの環境活動家の行為を「人権的抵抗」と美化し、イタリア政府の主権的な境界管理をあたかも人権侵害のように扱う。その一方で、イタリア国民の安全や雇用機会への脅威には目を向けない。
メローニ首相とサルヴィーニ副首相が指摘するのは正しい。司法が政治化すれば、民主的に選出された政府の権限は説明責任を持たない判事たちに制約される。それは民主主義そのものの否定である。
シーウォッチへの賠償判決は、メローニ政権が国民に約束した移民統制政策を実行する能力を実質的に奪った。政府は法に従い、裁判所も法に従うべきだ。だが、法を恣意的に解釈する司法には、民主主義を守る正当性がない。
|ドイツのダブルスタンダード
興味深いことに、ドイツやスウェーデンといった北欧諸国は、自国の移民政策について強力な統制権を行使している。それなのに、イタリアが同じ権利を主張すると「人権侵害」と批判される。これは欧州におけるパワーゲームの現れである。
ドイツ左派政党に当選し、欧州議会議員となったラケーテは、現在も移民擁護の活動を続けている。彼女の政治的権利は尊重されるべきだ。しかし、自分たちの国では移民を厳しく管理しながら、他国の主権的決定を批判するのは、ダブルスタンダード以外の何物でもない。
国民投票は主権の確認である
サルヴィーニ副首相が、3月の国民投票で「機能していない司法」の改革に賛成票を投じるよう呼びかけたのは、イタリア国民の深い不満を代弁している。司法制度改革は、単なる政治的スローガンではなく、民主的な権力の回復を求める当然の声である。
メローニ政権に対する支持と反対は存在するだろう。だが、民主的に選出された政府が国民の安全を守る基本的権利を持つことに異論の余地はない。判決が続出する中、イタリア国民が司法改革を支持することは、ポピュリズムではなく、民主主義の根本原則を守ることなのである。
パレルモ裁判所の判決は、ヨーロッパの民主主義に対する警告である。ドイツの活動家グループに賠償金を支払わせることで、イタリアの主権は侵害され、政府の統治能力は破壊される。
メローニ政権が国民に約束した移民政策を実行する権利を守ることは、イタリアの民主主義を守ることと同義である。司法が越権し、政治的判断で政策を無効化する。それは、民主主義国家ではなく、司法独裁なのだ。
イタリア国民がこの事態に声を上げるのは正当である。権力分離の原則を回復させることが、今、イタリアに最も必要とされている課題なのである。
Una decisione che lascia senza parole. Ascoltate bene cosa è successo pic.twitter.com/THsV8vGI9L
-- Giorgia Meloni (@GiorgiaMeloni) February 18, 2026


- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie






















































