コラム

暴露が続くアメリカ政治――ロシアが仕掛ける「情報攻撃」

2017年01月14日(土)11時00分

Sergei Karpukhin-REUTERS

<近年、軍を動かすと同時に「情報攻撃」を展開するロシアの「ハイブリッド戦争」が注目されていた。アメリカ大統領選挙にともなうさまざまな「暴露」は、プーチンにとって「反撃」だった...>

 先月、『暴露の世紀』(角川新書)という本を上梓した。昨年は米国大統領選挙に伴ってさまざまな暴露が行われ、パナマ文書の暴露もあった。少しさかのぼれば2013年のエドワード・スノーデンによる米国国家安全保障局(NSA)のトップシークレット文書の暴露、2010年にはウィキリークスによる米国政府公電の暴露があった。

 こうした大規模な暴露の背景には情報通信技術(IT)の普及があることはいうまでもない。1969年に暴露されたペンタゴン・ペーパーズはタイプされた文書であり、オリジナルは15部しか作られず、3000ページの分析と4000ページの政府文書で構成されていた。当時の低い性能のコピー機で密かに複製するのには大変な労力と時間を要した。ところが、今は、自動送り機のついたスキャナーでスキャンしてしまえば、あっという間にPDFファイルができあがり、インターネットにアップロードして世界中にばらまかれてしまう。

 もともとデジタルで作られているデータならもっと簡単である。日本で昨年注目された芸能人のスキャンダルも、もともとは携帯電話に残されたLINEのスクリーンショットが原因だった。スマホを持つということはカメラを持つということであり、ほとんどの人がカメラを常時携帯し、あらゆるものを撮影し、ツイッターやフェイスブックで暴露してしまうことになる。世界政治を揺るがすような暴露は簡単に起きないとはいえ、日常的な暴露は毎日、毎時、無数に行われていると言って良い。ソーシャル・メディアを使うということ自体が自己情報の暴露をしているに等しい。自分がどこにいて、何を食べて、誰といるかを暴露していることになる。

ロシアによる米国大統領選挙干渉

 『暴露の世紀』が出た後も関連する事件が次々と起こるだろうと考えていたが、12月29日には、米国のバラック・オバマ大統領がロシアへの制裁を発表した。米国駐在のロシア外交官35人を国外退去処分にし、ロシア政府が使っていた米国内の施設2カ所を閉鎖した。さらに、サイバー攻撃への直接関与や技術供与を理由に、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)など五つの政府機関、ロシア民間企業、GRU幹部4人を資産凍結などの制裁対象に指定した。その制裁の理由は、ロシア政府が2016年11月の米国大統領選挙に干渉したことである。

 ロシア政府による米国大統領選挙への干渉とは、ロシアのインテリジェンス機関と考えられるグループが米国の民主党全国委員会(DNC)のコンピュータに不正侵入し、盗まれたデータが暴露されたことである。不正侵入グループが作ったと見られるウェブサイトやウィキリークスを通じてDNCの電子メールなどが暴露され、大統領選挙に伴う民主党内部のやりとりが明らかになり、委員長は辞任に追い込まれた。

 ロシアの意図は何だったのか。オバマ大統領による制裁の判断の根拠になったのは、米国のインテリジェンス機関である中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)そしてNSAが協力して証拠を精査し、評価をまとめた報告書である。機密部分を隠した報告書もインターネットで公開された。

 それによると、一連のサイバー攻撃はロシアのウラジミール・プーチン大統領が自ら指示したものであり、その狙いは、(1)米国の民主的なプロセスへの信頼を弱体化させること、(2)クリントン候補を痛めつけること、(3)クリントン候補の当選可能性と当選した場合の大統領としての任務を傷つけることだったという。

【参考記事】ロシアハッキングの恐るべき真相──プーチンは民主派のクリントンを狙った
【参考記事】オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

 しかし、公開された報告書は、機密部分を隠しているため、状況証拠が並んでいるに過ぎないという印象を受ける。大統領選挙で勝利したドナルド・トランプ次期大統領も当初は疑問を呈し(後に内容を認めるものの)、ロシア政府の報道官は証拠になっていないと否定している。

 報告書では、ロシア政府から資金を得ていながら米国で放送しているRT(かつてはロシア・トゥデイと名乗っていた)とロシア政府とのつながりに特にスポットライトを当てている。ワシントンDCにいるRTの女性編集長がプーチン大統領にブリーフィングする写真も掲載され、間接的にロシアのクレムリン(大統領府)から資金を受け、直接指示を受けていると示唆している。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:中国株「熱狂でない上昇」に海外勢回帰、強

ワールド

ホンジュラス大統領選、「台湾と復交」支持の野党2候

ビジネス

消費者態度指数11月は4カ月連続の改善、物価高予想

ビジネス

中国万科の債券価格が下落、1年間の償還猶予要請受け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 8
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 9
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 10
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story