コラム

インド工科大学で聞いた「インドでAIの呪いは起きるのか」

2018年09月13日(木)16時40分

IIT(インド工科大学)のカフェで勉強する学生たち

<インド工科大学を訪ねて、インドにおける人工知能研究の現在とその役割の可能性を聞いた>

「IITに落ちたらMITに入る」といわれる名門大学がインドにある。MITとは米国のマサチューセッツ工科大学で、世界に名の知れた名門大学だが、インド人にとってはIIT(Indian Institutes of Technology)、つまりインド工科大学のほうが難関になっている。毎年の受験者は120万人にもなり、機械で採点しても数日かかるそうだ。

キャンパスの風景は今や世界共通のものだ。カフェに集まってスマートフォンをチラチラ見ながらラップトップを叩く。学生の多くはジーンズにTシャツ、バックパックを背負う。

ここではさぞかし先端的な人工知能(AI)の研究が行われているのではないかと期待して訪問したが、面会した教授は、「まだまだこれからだ」という。AIを活用するためにはデータ、それもビッグデータが必要だが、インドではまだそうしたデータが手に入らないからだ。人口は12億ともそれ以上ともいわれるが、各種の統計はまだ精度が低い。分析に値するデータを持っている官庁や企業は、データを共有するインセンティブを持っていない。データは囲い込まれ、死蔵されているという。

この教授は言語データの解析を得意としているが、インドで手に入るデータセットが限られているため、米国や英国の英語データを使うことが多いという。当然、インドで実際に話されている英語とは異なる。インドで人気のソーシャルネットワーキングサービスの多くも米国企業によるものなので、データセットを簡単には入手できない。

AIに期待するモディ政権

ナレンドラ・モディ首相率いるインド政府は、情報技術(IT)の活用に強い関心を示してきた。首相は新技術でインドを改革する姿勢を示してきた。携帯電話は広く普及するようになり、ブロードバンドのインターネットや4Gの携帯ネットワークも広まっている。しかし、AIの活用には至っていない。

ところが、9月、インド南部のケララ州で大きな洪水があり、400人以上が亡くなった。モディ政権は、災害対策にAIが使えるのではないかと関心を高め、政府内外にハッパをかけており、この教授のところにも連絡が来ているという。

モディ政権は、かつて経済発展計画を担っていた計画委員会を廃止し、2015年1月にNITIアアヨーグ(Aayog)という組織を作った。NITIは「インド変革のための国家研究所(National Institution for Transforming India)」の略でもあるが、「niti aayog」はヒンディー語で「政策委員会」という意味になるそうだ。この新しい組織は、いわば政府のシンクタンクで、変革のためのアイデアを提供する組織として位置づけられた。

IMG_6207.JPG

NITIアアヨーグの入る政府庁舎

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story