コラム

故安倍元首相、国内と国外での評価に差がある理由

2022年07月13日(水)14時00分

自民党本部前の献花台には安倍氏の死を悼む人たちが列を作った Kim Kyung Hoon/REUTERS

<トランプ前大統領という対応の難しい政治家を相手に、見事に振る舞ったという評価は高い>

亡くなられた安倍晋三元首相に対して、国内における弔意には温度差があるようです。多くの場合、安倍氏の生前の政治的姿勢に対する賛否が、そのまま弔意の強弱になっているように見えます。その全体を平均すると、国を挙げての弔意であるとか、静粛な服喪というのとは程遠い印象です。

一方で、私の住んでいるアメリカもそうですが、G7諸国に加えてQUADの豪州とインド、台湾そして他のNATO諸国における同氏への評価は非常に高いです。中国とロシアに関しても、弔意の表明としては丁重なものがありましたし、弔意の表明が難しい環境にある韓国でも尹大統領は日本大使館への弔問を行っています。

そこには、かなり顕著なコントラストがあります。理由としては、自国民の視線と、国外からの視線の距離の違いがあります。例えば、オバマ米大統領は、アメリカ国内においては任期の8年を通じて、激しい賛否両論の中にありましたが、日本での印象は良好なまま推移した、そんな感覚の違いが考えられます。

ですが、今回の安倍氏の死去というニュースに対しての、内外の反応の違いは、そうした視点や距離感の違いだけではないようです。では、アメリカが現地時間の7月8日に速やかに半旗を掲げ、ブリンケン国務長官とイエレン財務長官を急遽、派遣してきたとか、メルボルンのオペラハウスに日の丸が投影されたというのは、どうしてなのか、そこには3つの理由があるように思います。

ダメージコントロールに成功

第1の理由は、日本国内では現在でも残っている「安倍氏=ナショナリズムの煽動者」というイメージについて、これは内閣府と外務省の連携プレーだと思いますが、ダメージコントロールに成功したということが挙げられます。

ダメージというのは、実際に困難な局面があったということです。最初は、2007年4月、第一次政権の際に、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)との日米首脳会談のために首都ワシントンを訪れた際のトラブルです。当時のブッシュ政権は、安倍氏の一連の言動に歴史修正主義的な姿勢を指摘して懸念を表明していました。

具体的には、いわゆる慰安婦問題で、強制連行ではなくトラフィッキングだったと主張することが、国の名誉回復になるという種類の言動は、ワシントンでは全く同意する声はありませんでした。この時は、安倍氏もその周囲も問題の深刻さに気づいて言動を修正しました。そればかりか、第二次政権になってからは、安倍氏自身が国連の「戦時の女性の人権」プロジェクトなどに積極的に関与して「汚名返上」を行い、その効果もあったのだと思います。

もう1つの局面は、2013年12月に現職総理として靖国神社への参拝を行った際です。これは、支持者向けの求心力を補強するのが狙いで、連合国に対する叛意はないというのはアメリカも承知していたようです。オバマ政権は反応せず、東京駐在のキャロライン・ケネディ大使が遺憾の意の表明を出すだけで済みました。この2つの経緯の結果、逝去にあたって悪い意味でのナショナリストという評価はほとんど出なかったのです。

第2の理由は、これは現在進行形の問題ですが、ロシアのウクライナ侵攻、そして中国の権威主義への傾斜という事態を受けて、アジアでもパワーバランスの維持には神経を使う状況があります。そのような中で、ほかでもない日本は東アジアにおいて、今もなお経済的なプレゼンスを維持し、また外交面では西側同盟の一員としてブレずにいる訳です。その姿勢を確立した政治家として、G7など同盟国の間では信頼が厚かったわけです。

同時に、そのように困難な状況だからこそ、清和会の伝統に従ってロシアとの外交チャネルを途切らせなかったこと、小泉政権が中断させた日中の首脳間外交を復活させたことなどで、ロシア、中国からも一目置かれる存在となったのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米総合PMI、12月は半年ぶりの低水準 新規受注が

ワールド

バンス副大統領、激戦州で政策アピール 中間選挙控え

ワールド

欧州評議会、ウクライナ損害賠償へ新組織 創設案に3

ビジネス

米雇用、11月予想上回る+6.4万人 失業率は4年
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「日本中が人手不足」のウソ...産業界が人口減少を乗…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story