コラム

故安倍元首相、国内と国外での評価に差がある理由

2022年07月13日(水)14時00分

第3の理由は、これは西側諸国とアメリカの中道から左の世論に対してですが、安倍氏がドナルド・トランプという対応の難しい政治家に対して、見事に振る舞ったことへの高い評価があります。

そのハイライトは、2018年6月にカナダのケベック州シャルルボワで行われたG7サミットでした。G7では恒例となっている共同宣言の発出にあたって、自由貿易の推進という内容に反発したトランプは、こともあろうに共同声明への署名を拒んだのでした。

その際には、「G6+1」と言われるように、トランプをその他の首脳が取り囲んで、G7の結束維持を訴えるという緊迫した局面があったのでした。その際に、安倍氏がドイツのメルケル首相(当時)と共に、率先してトランプとの「対決」を行い、トランプは信じられないような言葉で、安倍氏を罵倒するという局面もあったようです。

これだけなら、「普通のG7リーダーの1人」ということになるわけですが、安倍氏の立場は特殊でした。トランプは、2016年11月の選挙に勝利する以前から、日本に対して駐留米軍の経費の「全額負担」であるとか「より厳しい通商条件」などを突きつけていました。その結果として、トランプの当選というのは、日本には大変な国難となっていたのです。

安倍氏は、周囲との周到な準備に基づいて就任前のトランプを、私邸に訪ねて個人的な親交を取り結んだばかりか、その後も度々ゴルフを共にするなど、個人ベースでの良好な関係を結んだのでした。日本国内では、その姿勢を屈辱的であるとか癒着として批判する声も出るくらいでした。

国際強調をトランプに迫った

そのような安倍・トランプの関係は、日本の国益を守るための捨て身の作戦であったことは、アメリカの政界でも理解されていました。ですが、安倍氏は、そのような関係を結んでいながら、G7の席上ではカナダや欧州の各国首脳と共に、国際協調と自由貿易の原則をトランプに突きつける責任を果たしたわけです。これは、アメリカの政界、そして国際ニュースに関心を持つ層には、鮮烈な印象を残したのだと思います。

逝去にあたって、安倍氏の葬儀の扱いが話題になっています。仮の話ですが、最高格式の国葬という形にして、それこそ縁の深かった、オバマ、ヒラリー、トランプといった過去の政治家だけでなく、バイデン、プーチン、ゼレンスキー、習近平の4人の参列がかなえば、故人に対する良い供養になると思います。

弔問外交で一気に停戦は無理でも、この4人が静かな祈りを共有することが、近い将来の和平への環境整備になる可能性はあると思います。また、そのような追悼行事を成功させれば、日本の警備当局に対する国内外の信頼回復にもなるのではないでしょうか。

ニューズウィーク日本版 総力特集:ベネズエラ攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年1月20号(1月14日発売)は「総力特集:ベネズエラ攻撃」特集。深夜の精密攻撃で反撃を無力化しマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ大統領の本当の狙いは?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミネソタ州に兵士1500人派遣も、国防総省が準備命

ワールド

EUとメルコスルがFTAに署名、25年間にわたる交

ワールド

トランプ氏、各国に10億ドル拠出要求 新国際機関構

ワールド

米政権、ベネズエラ内相と接触 マドゥロ氏拘束前から
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向」語る中、途方に暮れる個人旅行者たち
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 5
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 6
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」…
  • 7
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 10
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 8
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story