コラム

「異端児ロン・ポール」の専売ではない在日米軍廃止論、日本はどう対処すべきか?

2012年01月09日(月)13時01分

 2012年の早々1月5日に、オバマ大統領は「新国防戦略」として中長期的な軍縮方針を示しています。二正面作戦は前提としない、軍事的な重点地域を中東からアジアにシフトするという基本方針は、とにかく財政健全化の一貫として「軍事費も聖域化せず」という現在のアメリカの与野党合意を踏まえたものと言えます。

 現在のところ先週のアイオワ党員集会で本格的な「大統領候補レース」に入った共和党は、例えば論戦の中では「イランに対して弱腰なオバマは危険」であるというように、依然として軍事タカ派的なカルチャーを引きずってはいます。ですが、先ほど「与野党合意」と申し上げたように、軍縮という大方針は共和党も理解していると考えるべきです。

 例えば、共和党の大統領候補の多くはイランを敵視したり、イスラエルの防衛を強く主張しています。言葉の表面だけを見ていると、まるでブッシュの8年間のようにザブザブ軍事費を使いそうな勢いに見えます。ですが、この共和党の戦略に関して言えば、中東への関与の現状維持をする代わり、中国に対しては宥和的な姿勢があり、全体ではバランスを取る方向だと理解すべきでしょう。

 ジョン・ハンツマンという直前まで中国大使をしていた候補が数字的には泡沫的な存在でありながら、選挙戦を続行していることが1つの証左です。例えば、討論の中で「中国の人権問題」が司会者などから提起されると、「急進的な改革を求めるのは危険であり、中国には漸進主義を期待すべき」とピシャリというのがハンツマンの役回りであり、他の候補からは異議が出ることはほとんどないのです。

 対中国の穏健路線を代表するのがハンツマンであるならば、軍縮ということではロン・ポール候補が興味深い立場を取っています。ポール候補は、元来が極端な「連邦政府極小主義者(リバタリアン)」なのですが、政府の極小化する対象を軍事費にまで徹底しているのが特徴です。つまり夜警国家(国家というのは警察と国防だけで構わない)どころか、国防にまでスリム化のメスを入れようというわけです。

 ポールという人は徹底していて、アフガン戦争にもイラク戦争にも一貫して不支持、例えば「他国の問題に介入するのはアメリカの責任ではない」とか「NATOからも国連からも脱退すべき」という具合で、政策論としては非現実的ですが、大昔からあるアメリカの「モンロー主義的孤立」に「反戦思想」のフレーバーを加えた「話芸」には益々磨きがかかっています。

 アイオワ党員集会でこのロン・ポール候補は21%を取って堂々3位に入りました。彼が共和党の大統領候補になる可能性はほとんどないにしても、例えば党員集会当日のCNNの中継映像で、ポールの支持者として集会に登場した現役の兵士に「イラン攻撃など兵士を新たな危険にさらす軍事冒険主義を行う時期ではない。平時に戻って軍を立て直すべくポール氏を支持」などと言わせていたのは注目に値します。この兵士の意見は少数派であっても、そうしたコメントがポール氏の善戦と共にCNNで紹介されることの意味は重いからです。

 ちなみに、このポール氏は在外米軍の撤退を主張し、在日米軍の撤退もその中に入っています。そのこと自体は、先ほど申し上げた「話芸」以上でも以下でもありませんが、ただこうした共和党全体の文脈、そしてアメリカの与野党を越えた「財政健全化」という大方針から考えると、決して無視はできない見解です。

 では、具体的には在日米軍の撤退とまではいかなくても、縮小という可能性については、どう考えたらいいのでしょうか? まず、沖縄、そして全国に基地を有して日本の防衛の大きな部分を担っている在日米軍が縮小もしくは消滅するということは、次の2つの「非現実的なイデオロギー」が白日の下に晒されるということを意味します。

 1つは「不戦国家や非武装中立国家を主張することで倫理的に優越な立場に立てる」というカルチャーが「自主防衛による抑止力バランス維持」が必要という深刻な現実を突き付けられた時に、どう変容するかという問題です。ある部分は親中派として中国の軍事的覇権に屈服するでしょうし、ある部分は逆に極端な国粋主義者に転向すると思います。在日米軍に依存することなく、非武装イデオロギーを貫き現実的な外交で抑止力バランスを実現するという立場が残るのかは期待薄です。この勢力も実質的には在日米軍に「守られて」いるからです。

 もう1つは「第二次大戦の太平洋戦線と日中戦争は防衛戦争であり敗戦は倫理的な敗北ではなく、東京裁判の結果も受け入れられない」というカルチャーの行方です。これも国内的なイデオロギーの力比べという意味はあっても、一歩日本の国境を外に出れば到底受け入れられない考え方です。在日米軍に「守られる」ことで、純粋に国内向けの論議として文化的に成立していただけです。仮にもこうしたイデオロギーをむき出しにして「自主防衛」に走るようですと、台湾や韓国の全面的な離反も含めて、中国軍部の心理戦の罠にハマるようなものでしょう。

 では、この2つの非現実的なイデオロギーではなく、現実的で実行可能な範囲の「自主防衛」をサポートする政治思想というのは日本にあるのでしょうか? 実はそうした現実主義のほとんどが「在日米軍を消極的ながら認める」という態度としてしか表現できていないのです。

 ということは、非武装中立派にしても、東京裁判否定派にしても、あるいは中道現実主義も、全てが在日米軍という存在に依存しなくては「思想的に成立しない」というのが、日本の安全保障を巡るイデオロギーの実情だと言えるでしょう。

 在日米軍廃止論は、現時点ではロン・ポールという異端児の「話芸」に過ぎないかもしれません。ですが、予見できる将来に更に深刻な形で具体的な論議となる可能性はあるのです。その日のために、中道現実主義としての自主防衛論というものは、どのような形で可能なのかを考える時期に来ています。例えば日米の双務的な対等関係なのか、日韓台の連携なのか、倫理的正統性として国連の関与を求めるのか、国際的に歴史修正主義を返上すると宣言した上で信用獲得を図るのか、日中平和友好条約に実務的な相互査察や軍備削減の目標設定を込めるなどの手段を講ずるのか、真剣な議論が必要と思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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