コラム

被爆80年の今、真剣に議論しなければならないこと

2025年08月06日(水)13時30分

広島の平和記念式典で石破首相は「核兵器のない世界」の実現に向けて日本が主導して取り組むと誓った Rodrigo Reyes Marin/ZUMA Press Wire/REUTERS

<悪しき自国中心主義の蔓延、核禁条約派とNPT派の対立......核戦争の脅威を引き寄せる危険な風潮が強くなっている>

戦後80年にあたる今年は、広島、長崎における被爆からも80年が経過したことになります。被爆体験の語りも、第2世代以降の若い世代が伝承しつつあるなど、年月の経過は否定できないのは事実です。ですが、被爆地からのメッセージ発信ということを考えますと、被爆経験が遠くなったなどと言っている場合ではないと思います。むしろ核戦争の発生する危険性はここ数年、一気に悪化しているからです。

この被爆80年にあたり、あらためて議論しておくべき問題点を確認しておきたいと思います。

まず、一般論として、世界の各国で「自国中心主義」が蔓延しています。国際協調とか、異文化の共存というのは「教育や富に恵まれた一部の特権階級の偽善的姿勢」だ――背景にはそんな思想もあり、これも各国に広まっています。その上で、そうではない「庶民性」なるものに正義を与えつつ、排外的な態度や国家間の対立を煽ることで国内政治の求心力にするという政治手法です。


こうした悪しき自国中心主義の蔓延は、各国の国内政治に影響を与えているだけではありません。国際法を無視した力による現状変更を生み、さらには核威嚇などといった戦後世界では禁忌とされた言動にも、簡単に踏み込んでしまう風潮を作っています。被爆80年にあたり、そのような国際情勢の認識をしたうえで、その背後にある誤った国家観、世界観、人間観について徹底した批判が必要と思います。

次に、核禁条約と核拡散防止条約(NPT)の両立の問題があります。核禁条約はあらゆる核兵器の保有と使用を禁止しています。一方で、NPTは5カ国(偶然にも国連の安保理理事国と一致します)の保有を認め、それ以外への拡散を厳しく禁止するものです。2つの条約は歴史的経緯も異なり、内容も異なります。ですが、核戦争を防止するという目的は共通のはずです。

互いに相容れない核禁条約派とNPT派

そうなのですが、核禁条約の側では、即時核廃絶を求める中で保有5カ国に対する批判を継続しています。主張は正当だと思います。ですが、政治的には「核保有を模索する諸国」の主張、つまり「5カ国だけ保有が認められているのは不公平」だから「自分たちも核武装したい」という主張に重なってしまう危険があります。また、5カ国への批判ばかりが強く、拡散への危機感が少ない傾向もあります。

一方で、NPT陣営では、核拡散を防止するために様々な努力を行っています。ですが、確かに長期的な核廃絶を見据えた動きは、オバマ大統領が「プラハ宣言」で口にした以外は、ほとんど見られません。その結果、この2つの陣営、核禁条約派とNPT派は、お互いに相容れないということになっています。

例えば、日本の場合は佐藤栄作首相がNPT成立に奔走し、成立した以降はIAEA(国際原子力機関)による核査察などを強く支援してきました。その一方で、アメリカの核の傘が非合法になるのは形式的な論理矛盾という立場から、核禁条約には否定的であり、そのような政府とは日本被団協などが強く対立しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

グリコ、25年12月期業績予想を下方修正 営業益0

ビジネス

コメルツ銀、第2四半期は14%減益 予想上回る 見

ビジネス

午後3時のドルは147円半ば、米FRB幹部発言など

ビジネス

ホンダ、4━6月期営業益は49%減 通期予想を70
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 5
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 8
    【徹底解説】エプスタイン事件とは何なのか?...トラ…
  • 9
    かえって体調・メンタルが悪くなる人も...「休職の前…
  • 10
    永久欠番「51」ユニフォーム姿のファンたちが...「野…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 9
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 6
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 7
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 8
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story