コラム

恩恵とリスク、トルコの壁... スウェーデンとフィランドのNATO加盟にまつわる5つの基礎知識

2022年05月23日(月)17時30分

スウェーデンとフィンランドの場合、トルコと外交的な対立がある。両国はトルコの人権状況をこれまで批判してきただけでなく、トルコ政府が「テロリスト」と認定して弾圧している少数民族クルド人の活動家の滞在を認めてきた。さらに、2019年にトルコ軍がシリアに侵攻したことへの制裁として、両国はトルコ向けの武器輸出を停止した。

これに加えて、トルコはNATO加盟国でウクライナに軍用ドローンなどの兵器を輸出している一方、ロシア批判一色でもない。ロシアとウクライナの和平交渉を独自にプロモートしている他、ロシアからの食糧やエネルギーの輸入や人の往来がいまだに続いている。

トルコは冷戦時代、地中海方面にソ連が進出することを防ぎたいアメリカがNATOに迎えた。しかし、2000年代以降のトルコではナショナリズムが高まり、欧米との摩擦が絶えなかった。2011年からのシリア内戦で、シリア国内のクルド人勢力をNATOが支援したことは、トルコの不満をさらに増幅させた。

ロシアとの独自の関係は、欧米とバランスをとることを目的とする。

こうした経緯から、トルコのエルドアン大統領5月16日、「我々は賛成しない...彼ら(スウェーデンとフィンランド)は厄介ごとを持ち込むべきでない」と言明し、加盟を支持してもらいたいなら「テロリスト」を引き渡すべきと示唆した。

もっとも、エルドアンの強硬姿勢は来年の選挙をにらんで、国内のナショナリスティックな有権者向けのポーズに過ぎず、最終的にはスウェーデンやフィンランドの加盟を認めて、アメリカをはじめ他のNATO加盟国に「恩を売る」だろう、という楽観的な観測もある。

ただし、仮にそうだとしても、トルコが自国の存在感をできるだけ大きくしようとするなら、加盟をめぐる交渉が長引くことも想定される。その場合、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟がすぐに実現する公算は高くない。

5.ウクライナ侵攻に及ぼす影響は?

「NATO拡大」はロシアに対する警戒感の高まりを象徴するが、それがロシアの態度をより強硬にすることは想像に固くない。スウェーデンやフィンランドのNATO加盟申請に対して、プーチン大統領は「ロシアにとって大きな脅威ではない」と述べつつも、「我々を脅かす場合には何らかの対応もあり得る」とクギをさしている。

念のために補足すれば、たとえトルコの反対が形だけのものだったとしても、NATO加盟をめぐる手続きは通常1年近くかかるため、スウェーデンやフィンランドが今すぐ正式の加盟国になれるわけではない。

また、スイスなどでもNATO加盟に関する議論はあるが、先述のように中立国でも国ごとに条件が異なるため、「NATO加盟申請ドミノ」は簡単に発生しそうにない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

外貨準備のドル比率、第3四半期は56.92%に小幅

ビジネス

EXCLUSIVE-エヌビディア、H200の対中輸

ワールド

25年の中国成長率、実際は2─3%台か 公式値の半
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story