コラム

恩恵とリスク、トルコの壁... スウェーデンとフィランドのNATO加盟にまつわる5つの基礎知識

2022年05月23日(月)17時30分

ウクライナの場合、NATO加盟国でないため、ロシアの侵攻を受けてもNATOがその防衛のために協力しなければならない法的義務はない。これとは逆に、NATOに加盟すればアメリカを含む30カ国から軍事協力を自動的に受けられる。

それは戦火が実際に上がる前も同じで、NATO加盟国はアメリカの「核の傘」のもとで、ロシアなどによる核の威嚇を抑止できる。

もっとも、恩恵を受けるのは加盟国だけではない。スウェーデンとフィンランドの加盟はNATOにとってもメリットのある話だ。

武装中立を維持してきたスウェーデンやフィンランドは兵器を国産する体制も整っており、戦闘機や潜水艦といった高性能兵器の運用能力も高い。また、ロシア方面の情報収集や過酷な極地圏での活動能力にも定評がある。

そのため、NATO関係者からは、こうした2カ国の加盟が対ロシア戦略で大きなプラスになると歓迎する声があがっている。

3.加盟にともなうコストはないのか?

もっとも、タダで手に入るものはなく、NATO加盟による安心・安全の確保には、相応のコストが必要になる。

例えば、NATOは2024年までに国防費をGDPの2%以上に引き上げることをガイドラインで定めている。2021年段階でこの目標を達成したのは、30カ国中アメリカをはじめ10カ国にとどまった。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計によると、GDPに占める国防費の割合は2020年段階でスウェーデンが1.2%、フィンランドが1.5%だった。NATOに加盟するなら、この水準の引き上げが求められる。

これに加えて、NATOで大きな影響力を持つアメリカの外交・安全保障政策にこれまで以上に協力する必要もあるだろう。

NATOはもともと冷戦時代、ソ連に対する防衛を目的に発足したが、ソ連崩壊後の1990年代の末には、ヨーロッパ外での活動も行うようになった。2001年から2014年までアフガニスタンで活動した国際治安支援部隊(ISAF)はその典型である。

ISAFは2001年にアメリカ軍などの攻撃でタリバン政権が崩壊した後、新生アフガニスタン政府を支援して治安を回復することを目的に派遣された各国部隊が、NATOの指揮下で活動した。スウェーデンとフィンランドは戦闘任務以外に就く前提でこれに参加したが、いずれも数十人規模の限定的な派遣だった。

NATO加盟国になれば、こうしたヨーロッパ外での活動への参加も、これまで以上に求められるとみられる。スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請には、こうしたコストを差し引いても恩恵が大きいという判断があるといえる。

4.両国の加盟は実現するか?

それでは、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟は実現するのだろうか。そこには大きなハードルがある。ほとんどの加盟国が両国の加盟に賛成している一方、トルコが反対していることだ。

北大西洋条約第10条では、新規の加盟について、加盟国が全会一致で賛成することが定められている。これまでにも、キプロスのNATO加盟がトルコの反対で実現しなかった。トルコはキプロスと領土問題を抱えていて、キプロス政府を正当な政府と認めていないからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

駐日中国大使、台湾巡る高市氏発言に強く抗議 中国紙

ビジネス

米国とスイスが通商合意、関税率15%に引き下げ 詳

ワールド

米軍麻薬作戦、容疑者殺害に支持29%・反対51% 

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、8人死亡 エ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗り越えられる
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story