コラム

「核兵器を使えばガザ戦争はすぐ終わる」は正しいか? 大戦末期の日本とガザが違う4つの理由

2024年08月15日(木)13時30分
「アイビー作戦」マイク実験時のキノコ雲

マーシャル諸島での米核実験「アイビー作戦」マイク実験時のキノコ雲(1952年11月1日) Public Domain

<イスラエルがガザに対して核兵器を用いれば、イスラエル自身に放射能汚染が広がる恐れもある。原爆を投下したアメリカとは、その点で全く異なる状況に置かれている。それ以上に重要なのは...>


•ガザ侵攻が長期化するなか、大戦末期の日本を念頭に「イスラエルが核兵器を使えばすぐ終わる」という主張もある。

•ただし、イスラエルはしばしば「核の威嚇」を行なっているが、放射能汚染が自国にも及びかねないため、簡単には使用できない。

•さらに大戦末期の日本との間には大きな違いが4つあり、たとえガザが核攻撃を受けてもすぐ降伏するとは思えない。

1. パレスチナ全体が一つの考え方でまとまるのが困難

2. イスラエルに降伏した後の安心材料が何もない

3. ガザが核攻撃を受けても反抗拠点がある

4. 軍事的支援者がいる

「核使用でガザ戦争はすぐ終わる」の錯誤

8月9日の長崎平和祈念式典にイスラエル大使招待されなかった。これに関する記事を掲載したところ、いくつかコメントを受け取った。そのなかには「核兵器を使えばガザ戦争は短期間で終わる」と核使用をむしろ正当化するものも目についた。

同様の主張はアメリカでも聞かれる。リンゼイ・グラハム上院議員(共和党)は5月、広島と長崎を引き合いに出して、「早く終わらせるために核兵器の使用は正しい判断」と主張した。

筆者が受け取ったコメントを含め、ガザにおける核兵器の"効能"をあえて強調する意見は、「その方がトータルの犠牲者を減らせて人道的」と主張するにせよ、「それが戦争というものだ」と開き直るにせよ、グラハム議員と同じく多かれ少なかれ大戦末期の日本を想定しているようだ。

しかし、そこには二重の錯誤がある。

大戦末期の日本とガザの違い

まず、イスラエルはしばしば"核の威嚇"をしてきたものの、実際に使用するとなると、大戦末期のアメリカと比べてハードルは非常に高い。

それは人道的な理由だけではない。

福岡市よりやや広い程度の面積しかないガザで核兵器を用いれば、隣接するイスラエル自身にも放射能汚染が広がる恐れがある。また、ハマスに捕まっているイスラエル人の人質や、人道支援を行なう援助関係者も同時に吹き飛ばせるのか。

「自分たちに被害はない」という大前提のもと、原爆を投下したアメリカとは違うのだ。

イスラエルとパレスチナの地図

さらに重要なのは、「大戦末期の日本が原爆投下によって敗戦を受け入れた」というストーリーに沿ってガザへの核使用を正当化できないことだ。

というのは、たとえガザで核兵器が使用されても、戦争が短期間で終わる見込みは乏しいからだ(そもそもアメリカが"日本を少しでも早く降伏させるために"原爆を投下したのか、あるいは日本が"原爆投下によってポツダム宣言受諾を決意した"のかにはかなり疑問の余地があるが、この点は先述の記事でも触れたのでここでは深掘りしない)。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

自民、両院議員総会を8月8日に開催 参院選を総括 

ビジネス

焦点:米国の早期利下げ、FRBがシグナル発せず市場

ワールド

豪小売売上高、6月は前月比1.2%増 スイッチ2や

ビジネス

政策金利の現状維持、全員一致で決定=日銀
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 3
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story