コラム

「核兵器を使えばガザ戦争はすぐ終わる」は正しいか? 大戦末期の日本とガザが違う4つの理由

2024年08月15日(木)13時30分

その理由としては、大戦末期の日本とガザの間にある4つの違いがあげられる。

(1)全体を統率する決定が困難

第一に、誰が降伏を決定できるかだ。

大戦末期、日本政府・軍のなかの主戦派はあくまで戦争継続を唱導したが、和平派が最終的に天皇の"聖断"を引き出すことに成功した。そしてポツダム宣言受諾が一度決まれば、組織的抵抗はほとんどなくなった。

要するに日本の場合、良くも悪くも、上から下まで意思が一貫しやすい(だからこそ好戦的世論が湧き上がった時に政府が制御しきれないこともあるわけだが)。

パレスチナはこれと対照的だ。ハマスはガザを実効支配し、多くの支持を集めるものの、パレスチナ全体を代表する機関ではない。

国連でも認められているパレスチナ暫定政府はヨルダン川西岸に拠点をもち、ハマスとは一定の距離を保ってきた。

さらにガザに限っても、イスラエルと交戦する組織には、ハマス以外にアルクッズ連隊、人民抵抗委員会などがある。

つまり、パレスチナ全体が一つの考え方でまとまるのは困難で、たとえ核攻撃を受けてハマスが降伏したとしても、他の勢力がそれに同調するとは限らない。とすると、「核攻撃を受けたら全員一致で即座に降伏するはず」というのは安易すぎる想定だろう。

(2)その後の安心材料がない

第二に、降伏した後に何も期待できないことだ。

大戦末期の日本の場合、(米英敵視にこり固まっていた主戦派はともかく)少なくとも和平派の間には「降伏してもアメリカは日本人の生命・財産を根こそぎ奪ったり、皇室を廃止したりしないだろう」という期待があった。

だからこそ日本はポツダム宣言を最終的に受諾できた。

これに対して、ほとんどのパレスチナ人には「降伏すればそれこそ全てを失いかねない」という危機感があるとみてよい。

実際、イスラエルは50年間以上にわたり、国連で"パレスチナ人のもの"と定められたヨルダン川西岸まで実効支配し、既成事実化してきた(国際司法裁判所は7月20日、イスラエルの占領政策が"国際法違反"という判断を下した)。

ヨルダン川西岸ではイスラエル軍だけでなくイスラエル人入植者によって、パレスチナ人の人権・財産が組織的に侵害されてきた。

さらにイスラエルの要人はガザ侵攻開始後、しばしば「ガザ住民が難民として退去すること」に言及してきたが、それは「ガザがもぬけの殻になればイスラエルの実効支配を正当化できる」という文脈で理解される。

とすると、その後の安心材料が何もなく、土地財産だけでなく生命・安全さえ脅かされかねない懸念が大きいなら、たとえ核攻撃があっても降伏の受け入れは容易ではない。

これを無視して核攻撃の"効能"だけを強調すること自体、イスラエルの占領政策の問題を過小評価するものといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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