コラム

テクノロジーで農業の画一化に抗う 東大研究員西岡一洋

2016年01月13日(水)17時57分

 当時、研究生活をテーマにしたブログも綴っていた。このブログつながりでワイン好きの農家仲間とつながり、ついには山梨・塩山に醸造用ブドウ専用の畑を設立、ワイン造りに乗り出した。元々桃畑だったため、中心の農家と一緒に仲間みんなで抜根・造成を行った。国内で唯一、ジンファンデルと呼ばれる安定生産が難しい品種のワイン作りに挑戦し、今ではロゼタイプのホワイト・ジンファンデルをリリースしている。「難しいなら、いや難しいからこそ、テクノロジーとナレッジでなんとかやってやろうじゃないか」。サイエンティスト、エンジニアとして気持ちが奮い立った。

データ可視化で一気に広がる視界

 ブドウ作りで、最も大事なのは水やりだ。ブドウは乾燥した気候が適している言われているが、水が少な過ぎてもいいブドウは育たない。元々降水量が多く台風被害に晒されやすい日本は、気候に適した品種や樹形を探究する必要がある。

 そこでブドウの木の中を樹液がどの程度吸い上げられているのかを計測するセンサの開発と低コスト化に取り組んだ。幹にヒーターを巻きつけ、熱がどう逃げたのかを解析することで、樹液の流れを数値化する仕組みだ。このセンサを使うことで、植物が環境にどう反応しているのかを正確に知ることができるという。

 そして使い続けていると、どの程度の温度、湿度、日射量なら、今現在植物が何ミリリットルの水を吸い上げているのか、センサなしでも分かるようになるという。「新しい視界が一気に開けます。植物に対する見方がガラッと変わります。農家にとってターニングポイントになると思うんです。そのことを多くの農家に伝えたい」。

 もちろんこのセンサはブドウ以外にも利用可能だ。作物によっては水やり技術の習得には10~15年かかるとも言われている。多くの農家はこれまで、勘と経験に頼って潅水をやってきた。このセンサで、そうしたやり方は間違いなく変えられる。

 特にこれから農業に挑戦しようという若者に使ってもらいたいという。「技術の習得に10年もかかれば、新規就農者は経営破綻してしまう。このセンサを使うことで水やりの技術を3年で習得してもらいたいんです」。農業を通じて個性を表現したい若者が増えれば、画一化とは別の方向の農業文化、食文化が生まれるかもしれない。

 また最近は気候変動によりフランスやアメリカなどの世界的なワインの産地においても降水量の増加や歴史的大干ばつによって土壌の水分管理が困難になりつつある。世界的にも樹液流計測システムのニーズはあるはずだという。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:注目浴びる米地区連銀総裁の再任手続き、ト

ワールド

焦点:ノルウェー政府系基金、防衛企業の投資解禁か 

ビジネス

三菱UFJが通期上方修正、資金利益や手数料収入増加

ビジネス

JPモルガン、ドバイ拠点強化 中東の中堅企業取り込
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story