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焦点:困窮するキューバ、経済支援で中国がロシアに代わり存在感

2025年07月03日(木)10時42分

 6月30日、 キューバの首都ハバナから内陸へ、でこぼこ道を何時間も走ったところにある小さな町ハティボニコには、19世紀後半を思わせる生活が残っている。ハティボニコで5月撮影(2025年 ロイター/Norlys Perez)

[ハティボニコ(キューバ)30日 ロイター] - キューバの首都ハバナから内陸へ、でこぼこ道を何時間も走ったところにある小さな町ハティボニコには、19世紀後半を思わせる生活が残っている。道には馬車が行き交い、昼夜を問わず停電していることが多い。

国内最大でかつて最大2000人が働いていたこの町の製糖工場は老朽化し、必要な部品や電力、燃料の不足で稼働していない。

2年前、ロシア企業プログレス・アグロはこの工場を再建するため、機械や肥料、ノウハウを輸入すると発表した。

「(ロシア人は)いつ来るんだろう。みんなそればかり話している」と、今もこの工場で働く数少ない保守作業員の1人、カルロス・ティラード・ピノさん(58)は話した。

一方、街はずれの人目につかない場所では、3台のブルドーザーが放棄されたサトウキビ畑の土地をならし、太陽光発電所の設置準備を進めている。発電所は、21メガワット(MW)の電力を供給できる、今年キューバ全土で中国が資金援助する同規模の太陽光発電所55カ所のうちの1つだ。

キューバは切実に支援を必要としている。食料や燃料、医薬品の不足に加え、長時間にわたる過酷な停電、観光業と輸出の急落、そして第2次トランプ政権下での米国の新たな制裁措置が相まって、キューバ経済は壊滅的な打撃を受けている。

ロイターがさまざまな現場を取材したところ、ロシアが約束した支援策の多くが立ち消えになった一方で、中国が密かにその穴を埋め、絶好のタイミングでキューバ経済の支援を目的とした複数のプロジェクトを推進している状況が明らかになった。

キューバは2018年に中国の一帯一路構想に参加。以後中国は、キューバの運輸、港湾インフラ、通信の主要プロジェクトを含むいくつかの戦略的インフラプロジェクトに投資してきた。一方、ウクライナ戦争で泥沼にはまり込み、危機に直面するキューバへのさらなる融資に慎重なロシアは、歴史的なパートナーとしての地位が揺らぎつつある。

「ロシアは常に、実行よりも約束の方が大きかった」と、アメリカン大学のラテンアメリカ政治学教授、ウィリアム・レオグランデ氏は述べた。「もし中国が今、キューバの窮状を踏まえて支援を強化しているのであれば、それは真の命綱となる可能性がある。」

ハバナのロシア大使館も中国大使館もコメント要請に応じなかった。   

<結果を出す中国>

キューバは深刻な電力危機に直面しており、昨年だけでも全国送電網が4度崩壊し、数百万人が停電に見舞われるなど、社会活動に大きな影響が出ている。こうした中、中国が太陽光発電プロジェクトへの大規模な投資を加速させており、同国にとって極めて重要なパートナーとしての存在感を高めている。

2月21日、キューバは首都郊外のコトロに新たな太陽光発電所を開設した。式典には、駐ハバナ中国大使とキューバのディアスカネル大統領が出席。大統領は声明で、このプロジェクトを「姉妹国である中国との協力」と称賛した。

送電網運営会社UNEによると、このほかに少なくとも8つの太陽光発電所が新たに稼働を開始しており、既存の施設と合わせて合計で約400MWの太陽光発電エネルギーを供給している。これは日中の不足電力の約3分の1に相当するという。

公式推計では、中国が資金提供する新規プロジェクトだけでも年内に総発電量が1100MWを超える見込みで、これにより日中の不足分をほぼ補い、夜間発電に必要な燃料の節約につながると期待されている。

前出の2月の開所式でキューバ当局は、中国が同国の電力網全体の近代化プロジェクトにも参画すると発表した。2025年までに55カ所、2028年までにさらに37カ所の太陽光発電所を建設し、合計2000MWの発電量を目指す計画だ。完成すれば現在の需要の約3分の2を賄う大規模な事業となる。

船舶データと複数の外国人ビジネスマンの証言によれば、キューバ西部の主要海運拠点であるマリエル港では2024年8月以降、中国からの輸送量が大幅に増加している。昨年には、上海や天津などの中国主要港から太陽光パネルやスチール材、工具、部品などを積んだ船が到着。関係筋によれば、輸送品には太陽光パネルを目的地まで運ぶための陸路輸送用燃料も含まれていたという。

中国からの資材はキューバ全土で見られる。中国語のマークが付いた大型トラックが老朽化した道路を走り、ハティボニコのような遠い建設現場へと向かう姿が見られる。街の郊外にある太陽光発電所建設現場に最近砂利を運んだトラック運転手のノエル・ゴンサレスさんは、「中国人の作業員は定期的に現場を訪れ、燃料の消費量やわれわれが通るルートまで確認している」と述べ、中国側の勤勉さを高く評価した。

元米国のラテンアメリカ担当情報官のフルトン・アームストロング氏は、中国の投資はキューバにとって「大きな利益」だと評価するものの、トランプ政権によるキューバへの制裁を相殺するには不十分だと警告。「キューバ政府はロシアや中国が魔法の薬を持って来ると期待すべきではない」とし、「島を救えるのは中国からの莫大な貿易と援助だけだが、それは到底無理だ」と述べた。

キューバに対する中国の戦略的投資は、中国が近隣のカリブ海の島に「スパイ基地」を設置しているという米国の非難と重なるが、キューバと中国はこの疑惑を否定している

<ロシアン・ルーレット>

キューバ経済が新型コロナウイルス感染症のパンデミックと米国の制裁の影響で混乱していた2年前、ロシアも援助の意向を示していた。

23年5月、ロシアのチェルニシェンコ副首相がキューバを訪問し、同国最大の製鉄所の再開記念式典に出席した。キューバ国営メディアは、このプロジェクトがロシアの1億ドルの資金提供によって実現したと報じ、チェルニシェンコ氏は製鉄所の再開を「ロシアとキューバの協力の好例」と評した。

同製鉄所のレイニエル・ギジェン所長は、2024年に鉄筋の生産量が6万2000トンに急増すると表明したが、キューバ統計機関ONEIが4月に発表した報告書によると、同年の鉄筋生産量はわずか4200トンにとどまっている。ロシアの資金は、生産に結びつかなかった。

ある平日の朝に製鉄所を訪れたが稼働している様子はなく、煙突も停止していた。地元住民のエスペランサ・ペレスさん(37)によると、工場はこの数カ月、稼働していないという。

「製鉄所が動いていれば音が聞こえるし、労働者も見える。でも稼働していることを示すものは何もない。言葉ばかりで、なんの利益もなかったよ」と、ぺレスさんは話した。

キューバ政府は、生産量の差異に関するコメント要請に応じていない。ただ、燃料と発電の不足はキューバ全土の産業に影響を及ぼし、生産停滞の一因となっている

ロイターが入手した文書によると、製鉄所の開所式の翌日、チェルニシェンコ副首相はディアスカネル大統領と共に、キューバ政府機関とロシア国営企業および民間企業との間の少なくとも8つの協定に署名した。これらの広範囲にわたる合意には、キューバへのパン製造用小麦供給保証、ハバナでのロシア系商業施設の開設、首都の歴史的建造物の修復、人工知能分野での協力、そしてハバナ近郊のビーチ沿いのかつての歴史的高級住宅地タララの再建などが含まれていた。

しかし、最近の現地取材によると、タララの住宅のほとんどは放棄されているか荒廃しており、ロシアの投資が入っている様子は見られなかった。タララのマリーナ施設にはボートが1隻ドックに繋がれているだけで、港の入り口は堆積物で塞がれて水がよどんでいた。

また、当初は大きな期待が寄せられた商業施設の開設も2年延期されており、近隣の百貨店ユムリの改装計画も停滞している模様だ。ハバナの歴史的なビエハ広場にある19世紀の建造物サント・アンヘルをロシアが修復するという合意も進捗が止まっているようだ。

ロイターは、23年の契約の多くを締結したとされるロシア企業CGCインベストメンツとは連絡が取れなかった。ロシア大使館および外務省もコメント要請に応じていない。

とはいえ、ロシアが約束した支援の一部は実現している。ロシアの国営企業は、小麦や石油を海路でキューバに輸送した。また、中国と同様に、ロシアはキューバへの観光促進にも力を入れ、外国人観光客の増加と外貨獲得に貢献している。

23年の一連の発表から2年後の今年5月、ロシアのチェルニシェンコ副首相は、キューバを「信頼できるパートナー」と呼び、最大10億ドルを投資することに関心のある企業に対し、金利を補助する計画を発表した。同首相は、「まだやるべきことはたくさんあるが、少しずつ前進していく。魔法のように、すぐに物事を達成することは不可能だ」と、モスクワで記者団に語った。

ロイター
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