コラム

テクノロジーで農業の画一化に抗う 東大研究員西岡一洋

2016年01月13日(水)17時57分

森林に教わった自然の本質「農業は人がするもの」

 この樹液流計測システムを、大規模農園の自動化にも利用できる。水分の吸収具合に応じて給水を自動的にコントロールできる仕組みにすれば、水やりの自動化が可能だ。しかし西岡氏は、そういう使い方ではなく、あくまでも農業従事者を支援するツールとして使ってほしいと主張する。「農業は、人が人として人らしく生き続けるために、絶対に担保しないといけないもの。あくまでも人がやるべきものだと思います」。西岡氏はそう断言する。

 苗場山の森林から、自然の本質が多様性であることを教わったからだ。

 西岡氏は、もともと施設園芸学が専門だった。ビニールハウスなどを使って植物を安定生産する技術の研究だ。「夏だろうと冬だろうと温室内の環境はヒートポンプや暖房で制御されていました。そんな中で働いていると、人間の手のひらの上で自然を転がせるという錯覚に陥るんです」。そんな不自然さにある日、疑問を持った。

 ビニールハウスや植物工場のような食物を安定共有する分野は、確かに社会的には期待されていて研究予算もつきやすい。ただ、これで50年後、100年後の食文化を支えられるかというと疑問だった。一度、大自然の中で頭を冷やそう。研究テーマを草本植物から樹木に変えた。

 樹木の研究対象に、苗場山のブナを選んだ。10年間に渡り、夏は山にこもった。実験前の早朝に缶コーヒー片手に観察用の鉄塔に上って森林を見渡したり、休憩時間に地面に寝転がって樹冠を見上げるのが好きだった。

 そこで自然の本質が多様性であることに気づいた。農業の本質にも気づいたという。

技術に溺れてはいけない

「技術におぼれてはいけない。行き過ぎてはいけない。技術には、どこかで止めるべき地点がある」と西岡氏は強調する。産業界は、効率を追求し過ぎるあまり、何か大事なものを失っているように見える。「産業界のスタンダードを農業に安易に押し付けるべきではない。農業はただの産業ではない。携わっている人のライフスタイルそのものであり、その地域の文化なのだから」。

 20世紀は、テクノロジー主導のマス文化の時代だった。大量に生産し、大量に流通することでコストが下がり、多くの人の生活が豊かになったことは事実だ。しかしそのマス文化が行き過ぎて、そのひずみがあちらこちらに出始めているのではないだろうか。

 21世紀は、その行き過ぎを修正する時代なのかもしれない。日本の農業は、その行き過ぎを修正する大事な役割を担っているのかもしれない。西岡氏の話を聞いて、そんな風に感じた。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。

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