コラム

レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心

2015年09月02日(水)17時40分

静かな大学町ミズーラはアメフト選手のレイプ事件で全米の注目を集めた gsbarclay-iStockphoto

 モンタナ大学(州立)がある地方都市ミズーラでは、大学のアメフトチーム「The Grizzlies(グリズリーズ)」の選手が神様のように崇められている。その点では典型的なアメリカの大学町であり、どこといって目立った特徴はない。

 だが、グリズリーズのクオーターバックがレイプで訴えられた2013年の裁判をきっかけに、アメフト選手からレイプあるいは輪姦されたと訴えた女子大生がほかにも数多くいたことが明らかになり、ミズーラは突然全米から注目を集めることになった。

 アメリカでは、自治体の警察とは別に大学内にcampus police(大学警察)がある。大学により警官が勤務するものや警備員だけのものがあり、全米で統一はされていないが、レイプをはじめ、学内で起きた事件はまず大学警察で対処するのが通例だ。モンタナ大学でも、性被害の報告を独自に調査していた。

 ミズーラが全米から非難された主な理由は、大学の対応ではなく、被害者よりも加害者をかばう住民の態度だ。

 この町では、アメフト選手は住民全員の「自慢の息子」である。彼らにレイプされたと訴えるような女子学生は、嘘つきとみなされる。たとえ動かぬ証拠(医学的な物的証拠や加害者自身の証言の録音)を持っていても、住民たちは「誤解があっただけだろう」とか、「若さゆえの、男ゆえの、ちょっとしたミスだ」といって訴えられた男子学生をかばい、被害者の女学生を「デートした後でふられたから仕返しをしているに違いない」と犯罪者扱いする。

 被害者より加害者の味方をするのは住民だけではない。

 この町の警察は、「訴えられたレイプの半数は嘘」という男権団体がネットで流している間違ったデータを信じ(実際には、レイプの9割は警察には届け出されない。また、届け出のうち詐称は2~10%にすぎない)、被害を受けたばかりで動揺している女子学生に対して「ボーイフレンドはいるのか?」といった、事件に無関係の尋問をする。そのくせ、訴えられた男子学生が「牢獄に入れられるのではないか」と驚いて泣きだすと、「大丈夫だ。心配するな」となだめる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米原油・天然ガス生産、4月は過去最高=EIA

ワールド

米司法省、北朝鮮人グループをハッキングで摘発 2人

ワールド

米大統領、対キューバ強硬措置の覚書に署名 前政権の

ワールド

タイ経済、5月は成長鈍化 観光と製造業生産減少で=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 6
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 8
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story