コラム

ネット企業の利益のために注意散漫にされてしまった現代人、ではどうすればいいのか?

2022年03月08日(火)16時00分

現代人は注意散漫になっている golubovy/iStock.

<世界中を取材した『Stolen Focus』の作者ヨハン・ハリが提唱する、集中力を取り戻す方法とは>

私が東京に住んでいた1990年代、日本に来たばかりの欧米人の友人が「日本ではホームレスでも新聞を読んでいる!」と驚いていた。電車の中でエロ漫画を堂々と読んでいる男性サラリーマンに呆れる人もいたが、多くの外国人は満員電車の中でも本を読み耽る日本人の姿に感心していた。1993年に日本を離れて海外で暮らすようになった私は、ある年に帰国して文庫本がスマートフォンに変わっていることに気づいた。そこで暮らしている人たちにとってはゆっくりとした変化だったかもしれないが、しばらく帰国していなかった私にとっては突然の変化であり、かなり異様に感じた。だが、その異様さが今では全世界で当たり前のことになっている。

レストランでスマートフォンばかり見ていて会話をしないカップル。息をのむような美しい風景に出会っても、スマートフォンで自撮りしてInstagramやTikTokに投稿するだけの人。スマートフォンをベッドルームに持ち込み、寝る寸前までスクリーンを見て、起きてすぐにスクリーンを見る人。食事中でも会話中でも、スマートフォンで通知が来れば中断して受信したメールや投稿をチェックする人......。それが2022年現在の普通の光景だ。現代人は注意散漫になっており、『Stolen Focus』に書いてある大学生を対象にした調査では、ティーンエイジャーがひとつのタスクに集中できるのはたったの64秒であり、ひとつのことに集中できる時間の中間値は19秒なのだという。成人も別の調査によると3分でしかなく、さほどましではない。

集中できないのは企業のせい

『Stolen Focus』の作者Johann Hariは自分が後見人になっている少年の行動に危機感を覚えたのだが、自分自身の集中力も欠けてきていることに気づいた。そこで、インターネットに繋がることができるスマートフォンとラップトップコンピュータを持たずに、イギリスから異国の地の米国マサチューセッツ州に出かけてバケーションをする実験を行った。苦労しながらもようやく集中力を取り戻したHariだが、以前の生活に戻ったら、ネットへの依存症も戻ってしまった。

そういう体験を通してHariが気づいたのは、この問題は「デジタル・デトックス」や「自分の考え方や態度を変える」という自己啓発本的なアプローチでは解決しないということだ。FacebookやGoogleのエンジニアがよく知っているのは、企業は人々をスクリーンに釘付けして離さないためのありとあらゆる努力をしていることだ。GoogleのエンジニアだったTristan Harrisは作者のHariにこう言う。「集中できないのはその人のせいではない。そういうふうに作られているのだから。人が注意散漫になることが彼らの燃料なのだ。(It's not your fault you can't focus. It's by design. Your distraction is their fuel.)」と。このシステムを変えないかぎりは人々の行動は変わらないというのが内情を知るエンジニアの意見であり、Hariの見解でもある。

集中力がなくなると、人はソーシャルメディア程度の情報なら読めるが、本や新聞をじっくりと読んで深く考えることができなくなってくる。また、人はハッピーな投稿よりも「怒り」を覚える投稿により時間をかける。ソーシャルメディアの企業にとっては、人が長くとどまってくれるほうが利益になる。そこで、Facebookのアルゴリズムは利用者をスクリーンに引き寄せておくために「怒り」を感じさせる投稿をプッシュしてきたのだが、その恐ろしい例が「怒りを誘発するフェイクニュース」がアメリカ大統領選挙に与えた影響だ。

企業は利益をあげたいので、彼らが自主的にシステムを変えることは望めない。

私たちから集中力を奪っているのはソーシャルメディアとEメールだけではない。睡眠不足や加工食品の影響も作者は語る。

では、私たち個人はどうしたらいいのだろうか?

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国の再利用型無人宇宙船、軍事転用に警戒

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story