コラム

ヒラリーがベストセラー作家と組んで書いたスリル満点の正統派国際政治スリラー

2021年10月19日(火)14時30分

共著者のルイーズ・ペニー(左)とヒラリー・クリントン(右) Jean-Francois Berube, Simon & Schuster, Joe McNally

<主人公の女性国務長官と大統領の関係は、新任当時のオバマとヒラリーを想像させる>

元大統領のビル・クリントンが、ギネスブックに出てくるほど多くのヒット作を出している作家のジェイムズ・パタースンと組んで書いた『The President is Missing』という政治スリラーを刊行したのは3年前のことだ。この作品は大ベストセラーになり、このペアは今年ふたたび『The President's Daughter』という政治スリラーを出した。それに対抗するように、ヒラリー・クリントンも最近になって政治スリラー『State of Terror』を刊行した。

ヒラリーが共著者として選んだのはルイーズ・ペニーだ。ペニーは、ケベック州の小さな村であるスリー・パインズ村の「ガマシュ警部」を主人公としたシリーズで有名なベストセラー作家である。スリー・パインズ村のシリーズは新刊が出るたびに全米でNo.1のベストセラーになるほど情熱的なファンが多い。ビルの共著ペアとの違いは、ヒラリーとルイーズがずっと前から友人だったというところだ。読んでみると、この違いが内容にも影響を与えていると感じられる。

『State of Terror』の主人公は、新しく就任したばかりの女性国務長官エレン・アダムズだ。オバマ大統領が政敵であったヒラリーを国務長官に選んだように、新任の大統領ダグ・ウィリアムズは自分のライバルを支持して自分へのアンチ・キャンペーンを繰り広げた政敵のエレンを国務長官に選んで世間を驚かせた。メディアは、その理由は政敵やライバルを集めたリンカーン大統領にならったか、あるいは孫武の兵法にあるように「友を近くに置け。敵はさらに近くに置け」ではないかと分析したが、エレンはそのどちらも違うと知っている。

謎の国際テロ事件

新任の国務長官は海外を飛び回ることになるので、大統領は敵をホワイトハウスから遠ざけておくことができる。ウィリアムズ大統領の前任であるダン前大統領が国際関係を徹底的に破壊させたため、アメリカの信頼は地に落ちていた。それを回復させるのは容易なことではない。エレンが大失敗するのは時間の問題なので、彼女の信用が地に落ちてから首にするというシナリオだった。

ウィリアムズ新大統領が予期していなかったのは、任期が始まってすぐに起こった国際テロ事件だった。最初はロンドンでバスが爆破され、次はパリで同じことが起こった。これまでのテロと異なるのは、テロを犯したグループが名乗り出ないことだった。ロンドンのバスの爆破で死にかけたジャーナリストの息子に疑いをかけられたエレンは、これまでとは異なる集団の異なる目的を察知して危険な国々のトップに会いにでかける。信用できないのは、イランやロシアの指導者だけではない。アメリカの前大統領とその支持者、そして、現在の閣僚やホワイトハウスで働く者たちの中にも裏切り者がいるようだ。エレンは補佐として雇用した幼稚園時代からの親友のベッツィーを頼りにテロの首謀者と裏切り者を突き止め、アメリカ国内での爆弾テロを防ごうとする......。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国製造業PMI、10月は49.0に低下 7カ月連

ビジネス

デンソー、通期利益予想を下方修正 品質引き当て織り

ワールド

AI投資傾斜の米巨大テック、アルファベットの資金力

ビジネス

VW、来週も国内生産継続 ネクスペリア巡る混乱「差
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story