コラム

パンデミックが促した欧州グリーン政策とベルリン生まれの検索エンジン「エコジア」

2020年06月10日(水)18時30分

Ecosia創設者のクリスチャン・クロール photo:Jan Michalko-wikipedia

<ベルリンからグーグルに代わる新しい検索エンジン「Ecosia」が生まれている。その価値観が現しているものとは......>

僕が住むベルリンは、一般市民、アーティスト、テクノDJ、知識人、フリーランサー、そして起業家で構成されたボヘミアンの街である。特に世界中の若い世代にとっての人気は絶大で、ミレニアル世代が最も住みたい街にもなっている。

ドイツには「後なる者が先に立つ」(die Letzten werden die Ersten sein)ということわざがある。壁崩壊から30年、世界の発展から取り残された20世紀最後の都市には、レガシーといえる大企業もない。しかし、この遅れた都市には、世界で最初の未来が訪れている。それは、世界で最も刺激的なスタートアップの数々が、まるで社会を変えるアート作品のように生まれているからだ。

ベルリン生まれの検索エンジン「エコジア」が世界を変える

ベルリンらしいスタートアップにソーシャル・インパクト企業「Ecosia(エコジア)」がある。インターネット上の巨大な監視権力となった検索エンジン大手グーグルは、ドイツでも大きな市場シェアを有していた。旧東ドイツ時代の監視社会の記憶に根ざし、近年、プライバシー保護の聖地となったベルリンの代替手段は、かつてなく持続可能なものである。

ベルリン生まれの検索エンジン「エコジア」は、ユーザーのプロファイルを作成せず、フットプリントも蒐集しない。エコジアを使用するだけで、世界22ヶ所の植樹プロジェクトが動き出し、すでにユーザーの参加によって、9千600万本の木が植えられている。

Is Ecosia legit?


ユーザーは、検索で正しい結果が得られるだけでなく、気候変動や環境保護対策に貢献できるのだ。エコジアは、広告収入の少なくとも80%を環境保全に役立てている。広告収益からランニングコスト(給料、事務費、マーケティング費用)をまかない、そして残っているもの、つまり会社の利益のほとんどは、植樹プロジェクトに投入される。エコジアは西アフリカのブルキナファソの砂漠に沢山の木を植える支援プログラム "WeForest"をサポートしている。

ブルキナファソに一本の木の苗を植えるのに約28セントかかり、ユーザーの検索によって、平均24秒ごとに木が植えられている。ブラウザにエコジアの検索エンジンを追加すれば自動的に検索画面が立ち上がり、iOSおよびアンドロイド・デバイス用のエコジア・アプリもあり、アプリの使用はもちろん無料だ。エコジアの検索結果の質は高く、独自のアルゴリズムを開発し、マイクロソフトのBingの検索エンジンも併用している。ベルリンからまたひとつ、世界を変える「善きこと」がはじまっている。

1980年代、現代美術の頂点となったドイツの芸術家、ヨーゼフ・ボイスが提唱した「社会彫刻」の代表的プロジェクトが「7000本の樫の木」の植樹だった。それから40年、エコジアはボイスの理念を継承している。ボイスは、誰もが等しく持つ創造性を動員すれば、社会をより良く「彫刻できる」という考え方を提起した。これは現代ドイツの芸術教育の核心だけでなく、ベルリン生まれのスタートアップの精神にも息づいている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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