コラム

高度プロフェッショナル制度と、日本が直面する頭脳流出の危機

2018年06月05日(火)18時20分

人類の歴史始まって以来の「最先端の部分を外に出す空洞化」という愚行は、その結果であり、そのような先端部門に関しては、多国籍企業の連結決算には合計されるものの、日本のGDPには合算されない中で、日本の国内経済衰退の一因となっていたのです。

さらにここへ来て、国際的な労働市場は日本国内にも影響を与え始めました。「それでも日本国内に残っていた高度な技術者」に対して、外資系企業の日本拠点、あるいはアジアの各国にある企業、あるいは米欧の企業などが人材の引き抜きを始めたのです。

その結果として、多くの優秀な人材が流出し始めました。そうなると、人材を囲い込むためには、日本国内でも「国際競争力のある人材」には非管理職でも高給を保障しなくてはならなくなって来たのです。「1075万円」という数字の背景にはそうした意味があると考えられます。

2番目は、エンジニアなどの専門職に関しては、専門性を評価することにより、時間外手当の支給対象から外すというのは、米欧にしてもアジア諸国にしても、比較的浸透した考え方だということがあります。ですから、専門職には高給を用意する代わりに、残業代の対象から外すというのは、制度的には海外の常識に合っているということになります。

では、このような制度を実現して、エンジニアなどの専門職に年収1000万以上を提示すれば、グローバルな労働市場で評価される人材が日本国内でも確保できるようになるのでしょうか? この点が、この「高度プロフェッショナル制度」の導入を考える上での最も重要な論点であると思います。そして、残念ながらその答えは「ノー」だと思います。

優秀な人材を採用し、定着させるためには高給だけでは不十分です。具体的には、「時間管理におけるホンモノの裁量権」と「何をすべきかが記述されている職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」そして「担当外の業務はしなくていい、ではなくやってはいけないという厳格な職務分掌」が実現されなくてはなりません。

隣のセクションが多忙だから手伝ってくれとか、取引先に急に説明を求められたので同行してもらいたいとか、あるいは職務とは直接関係ないが全社会議なので出てくれとか、突発的でしかも自己管理の難しいタスクが降ってきて、断ると立場が悪くなるというのでは、優秀な人材は定着しないでしょう。

そうした本質的な意味での「働き方の変更」をすることはしないで、まず残業手当への適用除外だけが先行するようでは、人材確保の効果はないでしょう。この「高プロ」ですが、「過労死」法案という非難があるなど、印象論ばかりが横行していますが、あらためて冷静に制度設計の部分から検証していただきたいと思います。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナのオデーサにドローン攻撃、1人死亡・14

ビジネス

日経平均は続落、手掛かり材料難 中東への警戒続く

ビジネス

基調物価、伸び悩むが徐々に高まる 経済・物価の改善

ワールド

赤沢再生相、米関税の猶予期限に延長余地 「我々は誠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 7
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 8
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story