コラム

キリスト教会放火、牧師殺害──民間人を標的にするミャンマー軍の「四断戦術」とは

2021年10月25日(月)15時45分
ミャンマー軍政に抗議するデモ隊(東京)

東京五輪の会場付近でミャンマー軍政に抗議するデモ隊(2021年7月26日) Kim Kyung Hoon-REUTERS


・ミャンマーでは少数民族カチンが多い地域で、兵士によるキリスト教会への放火や聖職者の殺害が頻発している。

・これはカチン人の武装勢力を孤立させるための、軍による意識的な殺害・破壊である。

・しかし、この戦術はミャンマー軍に対する憎悪を募らせ、対立の悪循環を呼ぶものでもある。

教会を破壊し、聖書を燃やし、牧師を殺害する。果てはその指を切り落とし、結婚指輪を奪う。2月のクーデター以降、混迷を深めるミャンマーでは、反体制派への協力を防ぐため、軍が無関係の市民に恐怖を植え付ける戦術をエスカレートさせている。

ポーズにすぎない緊張緩和

ミャンマー軍政は10月18日、抗議デモ参加者ら5000人以上の政治犯を釈放すると発表した。これは同日、東南アジア諸国連合(ASEAN)が来週からの首脳会合にミャンマーを招待しないと決定したことを受けてのものだった。

しかし、ミャンマー軍政による「緊張緩和」のアピールは、ポーズにすぎないとみられる。

実際、ミャンマー軍は2023年8月まで権力を握り続けると発表しており、軍政を長期化させる構えをみせている。また、「汚職」などの容疑によるスー・チーの裁判も続いている。

何よりミャンマー軍政による反体制派の狩り出しは熾烈を極めており、とりわけ北西部のチン州、カヤー州、カチン州などでは、無関係の市民さえ見境なしに虐殺される地獄絵図が展開している。

狙われるキリスト教会

ミャンマー北西部では2月のクーデター以降、キリスト教会が相次いで兵士に攻撃されてきた。9月には、チン州サントランの教会で兵士が火をかけ、牧師を銃殺したうえ、その指を切り落として結婚指輪を盗んだと報じられている。

ミャンマーでは2月から8月までに1000人以上が兵士に殺害されたといわれる。また、人道的な危機は7万6000人ともいわれる避難民を生んでいる。そこにはキリスト教会関係者も数多く含まれるとみられるのである。

10月14日、チン州リアルト村が襲撃され、教会を含む村中が兵士に焼き払われたという。クリスチャン・ポストの取材に教区の聖職者は「あっという間に全て失われた」と証言している。

ミャンマー人口の90%以上は仏教徒で、キリスト教徒は6%にすぎない。なぜ、キリスト教会が襲撃されるのか。

自治を求める少数民族

ミャンマー北西部に暮らす少数民族カチン人は、その多くがキリスト教徒で、かねてからミャンマー軍政と対立してきた。

ミャンマー軍政は1980年代から少数民族を迫害し、その居住地域にビルマ人を移住させる「ビルマ化政策」を推し進めてきた。これを煽ってきたのは「ミャンマーは仏教徒の国」と叫ぶ仏教ナショナリストで、なかには異教徒へのヘイトスピーチを繰り返す「仏教のビン・ラディン」と呼ばれる過激派さえいる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国商務相、エヌビディアCEOと会談 投資やAIに

ワールド

米との貿易関係、健全な発展への回帰望む 貿易戦争不

ビジネス

午後3時のドルは148円台で小動き、参院選など見極

ワールド

米、パキスタンの「抵抗戦線」をテロ組織指定 カシミ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 5
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 6
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 9
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 10
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 10
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story