コラム

キリスト教会放火、牧師殺害──民間人を標的にするミャンマー軍の「四断戦術」とは

2021年10月25日(月)15時45分

こうした背景のもと、各地の少数民族の武装勢力はミャンマー軍としばしば衝突を繰り返してきていて、とりわけカチン人の自治を求めるカチン独立軍(KIA)は激しい戦闘を行なってきた。

このKIAは現在、ミャンマー軍政と敵対する国民統一政府にとって重要なパートナーになっている。

クーデターに反対する国民統一政府は9月7日、ミャンマー軍政に対する「全面戦争」を宣言した。平和的手段に限界を感じ、武装闘争に舵を切った民主化勢力のなかには、KIAなどの軍事訓練を受ける者も増えている。

それにつれてミャンマー軍も北西部での取り締まりを強化してきたのである。これに関して、ミャンマー軍は「教会はテロリストの拠点」と主張し、攻撃を正当化している。

ミャンマー軍の四断戦術

民間人をあえて標的にする手法は「四断戦術(Four Cut)」と呼ばれ、ミャンマー軍の得意な戦術だ。これは神出鬼没に現れてヒット・アンド・アウェイを繰り返すゲリラ戦術に対抗するためのもので、武装勢力が周囲から支援を受けられないよう、情報、資金、食糧、補充兵を「断つ」ことを眼目とする。

ゲリラ戦を展開する武装組織を社会的に孤立させ、弱体化させるため、四断戦術では「武装勢力に協力的」とみなされる民間人を意識的に攻撃することで恐怖心を植え付け、武装組織に近づけないようにすることが重視される。そのため、カチン人のより所であり、多くの人が行き交うキリスト教会が意識的に標的にされてきたのである。

また、北西部では兵士によるカチン女性のレイプも数多く報告されているが、これも四断戦術の一環だ。

ミャンマー軍はこの四断戦術を1960年代から少数民族の取り締まりで用いてきたが、2008年に軍事政権が民政移管を発表した後は一時的になりを潜めた。しかし、ロヒンギャ危機が深刻化した2017年頃から、ミャンマー軍は四断戦術を再開したと見られている。

その四断戦術が北西部でエスカレートすることは、ミャンマー軍がKIAと地元キリスト教徒の結びつきを弱め、ひいては民主化勢力の勢いを削ぐためのものといえるだろう。

それは裏を返せば、ミャンマー軍がそれだけ民主化勢力や少数民族に脅威を感じていることの現れでもある。

こうした人道危機が広がることに鑑みれば、ミャンマー軍の「緊張緩和」が対外的なポーズにすぎないことは明らかだ。そして、それはミャンマー軍への怨嗟をさらに広げるものでもあり、ミャンマー情勢は悪循環の一途をたどるとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story