温泉、酒、信仰──兵庫に残る日本文化の「オリジン」をめぐる旅
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<グローバル化が進み、どの都市も似た顔を持つようになった今、「その土地でなければ体験できない文化」は、世界的に急速に失われつつある。だが、日本列島のほぼ中央に位置する兵庫県には、いまなお “文化の起点(オリジン)” と呼ぶべき体験が、驚くほど濃密に残っている。>
千年以上、人々を引き寄せ続けてきた温泉、職能として継承される芸の世界、微生物とともに育まれてきた酒造文化、神話が今も信仰として息づく島。それらは単なる観光資源ではなく、日本人の価値観そのものをかたちづくってきた「文化の核」でもある。
兵庫を旅することは、名所を巡ることではない。この国の精神的なルーツに、身体を通して触れていく体験なのだ。
「太古の海の化石水」と呼ばれる日本最古級の有馬温泉


神戸市北区にある有馬温泉は、六甲山の北側、紅葉谷(もみじだに)のふもとに広がる温泉街。電車で神戸市街地から30分弱、京都・大阪・奈良の三都からは、電車かバスを利用して1時間から1時間半程度とアクセスも良好だ。
有馬温泉は、日本書紀や風土記にも記される日本最古級の温泉で、白浜・道後と並ぶ「日本三古湯」の一つ。太閤・豊臣秀吉がこよなく愛したことでも有名で、太閤ゆかりの名所や石碑が今も点在する。
だが、有馬を単なる「歴史ある温泉地」として理解するのは、本質を見誤っている。
有馬の特異性は、湯そのものにある。「金泉」と呼ばれる赤褐色の湯は、鉄分と塩分を豊富に含み、空気に触れた瞬間から酸化が始まる。見た目のインパクトだけでなく、身体への体感が明確に違う。短時間の入浴でも、血流の変化がはっきりとわかる。
この湯が科学的に解明されるはるか以前から、人々は「この湯は特別だ」と直感的に理解していた。平安時代には貴族が、戦国時代には武将が、江戸期には文化人が、この地を訪れている。つまり有馬温泉は、「権力者に愛された温泉」ではなく、「時代を超えて人を引き寄せ続けた場所」なのだ。
温泉文化は、日本独自の生活文化のひとつだが、その本質は「治療」でも「娯楽」でもなく、「身体をリセットする装置」として機能してきた点にある。有馬は、その役割を最も純度の高いかたちで体現している場所だと言っていい。

日本の温泉の多くは火山活動によって生まれるが、有馬温泉の「金泉」は非火山性の温泉だ。地下深くにしみ込んだ太古の海水が、数百万年もの時を経て地殻変動の熱や岩石に触れ、成分を変化させながら地表へと湧き上がっている。いわば「地球の記憶」を宿した湯であり、その由来から「太古の海の化石水」とも呼ばれる。
効能は、鉄分と塩分がもたらす強い保温効果。湯に浸かったあとは、まるで肌に薄い膜が張ったように熱が逃げにくく、湯上がりの身体は長く温もりを保つ。冷え性や神経痛、関節痛に効果があるとされ、「熱の湯」として古くから人々に愛されてきた。

近代に入ると、医学的な視点から炭酸泉やラジウム泉の効能が注目されるようになり、無色透明でさらりとした湯ざわりの銀泉も人気を集めるようになった。「金泉」が身体の外側からじんわり温めるのに対し、「銀泉」は血流を促し、身体の内側に効く湯といわれている。
金泉と銀泉を交互に浸かることで、発汗作用やリフレッシュ感がより明確になる。趣の異なる湯めぐりを目当てに、金泉・銀泉をはしごする観光客も多い。
関西唯一の本格的な温泉芸妓「有馬芸妓」の雅に触れる

江戸時代から明治・大正にかけて、温泉街の社交の場を華やかに彩ってきたのが有馬芸妓。有馬芸妓は、関西唯一の本格的な芸妓文化が残る温泉芸妓で、京都の花街や大阪の北新地と並び称される存在だ。
興味深いのは、この文化が「保存」ではなく「実用」として続いていることだ。有馬の芸妓たちは、祭礼や地域行事、企業の会合、文化イベントなど、現代社会の中で役割を持ちながら活動している。つまり芸は、展示されるものではなく、今も “使われている技術” なのだ。
芸とは、才能ではなく訓練によって磨かれる技術体系である。姿勢、所作、声の出し方、間の取り方。どれもが長い時間をかけて身体に染み込ませる必要がある。だからこそ、この文化は簡単には代替できない。「伝統とは、残すものではなく、機能させ続けるもの」を体現している。



有馬芸妓の踊りやお座敷あそびが体験できる「芸妓カフェ一糸」では、敷居の高いイメージがあった芸妓の踊りやお座敷あそびを気軽に楽しめる。芸妓踊りの観覧料は1,800円、現役芸妓に着付け・ヘアメイクをしてもらう有馬芸妓変身スタイルは33,000円。
雅な芸妓文化に触れることで、温泉町の風情を実感できるだろう。
日本一の酒どころ「灘五郷」で感じる日本酒の奥深さ

兵庫が日本文化の「オリジン」を内包していることを示すもう一つの象徴が、日本酒文化である。なかでも名高いのが、神戸市・西宮市の沿岸部にある酒蔵の多いエリア「灘五郷」。西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷の5つの地域から成る「日本一の酒どころ」だ。その歴史は14世紀までさかのぼり、清酒文化が街全体に根付いている。
この地では、日本酒という文化が、極めて論理的かつ科学的に洗練されてきた。六甲山系から流れ出る宮水(みやみず)は、ミネラル分を豊富に含み、酵母の発酵を力強く促す。寒冷な冬の気候は、雑菌の繁殖を抑え、発酵管理を安定させる。さらに、江戸時代から続く精米・麹・酵母・蔵設計の技術体系が、この土地に蓄積されてきた。
酒は、偶然ではなく「設計」によって生まれている。その思想が、灘の酒造文化の核心にある。

神戸市東灘区魚崎にある菊正宗酒造記念館は、360年以上続く人気酒蔵、菊正宗の歴史や清酒について学べる施設だ。館内には「樽酒マイスターファクトリー」という工房があり、職人が酒樽を作る様子を見学することができる。

ほかにも菊正宗酒造記念館には「酒造展示室」があり、古くからの清酒の製法を学べる。長く使われてきた器具には趣と日本の伝統美が感じられ、清酒文化の奥深さを体感できる。菊正宗酒造記念館内では清酒の試飲や購入もできるので、日本酒好きはぜひ足を運びたい。

江戸時代に江戸へお酒を船で運ぶ際に緩衝材として作られた「菰樽」。灘五郷に近い尼崎では、菰樽の部材にある菰と縄づくりが地場産業として栄えた。その技術と文化を継承する「岸本吉二商店」では、菰樽の歴史解説や工場見学で知識を深め、実際に鏡開きや「ミニ菰樽」の絵付けを体験できる。
国産み神話にゆかりある沼島で、天地創造の神秘を感じて

兵庫県には、天地創造を描いた神話の舞台といわれる島がある。日本最古の歴史書、古事記の冒頭にある「国生み神話」で始まりの地とされる沼島(ぬしま)は、兵庫県最南端に位置する神秘的な島だ。神戸三宮から沼島汽船・土生(はぶ)港までバスを乗り継ぎ約2時間半、さらに約10分の船旅をへて沼島に到着する。

島内には「おのころ神社」や八幡神社など、由緒ある神社・史跡が島内に点在している。こうした宗教施設は観光装置として配置されたものではなく、長い時間をかけて地域の暮らしと結びつきながら残されてきたものだ。散策しても、華やかな演出や解説パネルはほとんど見当たらない。代わりに、集落の中に自然に溶け込む神社、祭礼の準備に使われる施設、古くから続く祭事の痕跡が、日常の延長線上に存在していることに気づかされる。

漁師船に乗り、海からしか見られない奇岩などを見て回ることができる「おのころクルーズ」では、高さ約30mの上立神岩が見どころ。神話によると、この奇岩はイザナギノミコトとされ、対となって下立神岩(イザナミノミコト)がある。その他にも色々いわれがあり、両神が夫婦の契りを結び、国産みをする際に使った “天の御柱” とも。島民からは “たてがみさん” と親しみを込めて呼ばれている。


興味深いのは、この島では神話が「語られる物語」ではなく、「前提として共有されている文化」になっている点だ。信仰がイベント化されることなく、過度に演出もされず、それでもなお静かに受け継がれている。そうした土地は、現代日本においても極めて限られている。
沼島が持つ価値は、景観の美しさだけではない。神話・信仰・生活が断絶せずに連なってきた時間の厚みこそが、この島の本質だと言っていい。
兵庫のオリジンに触れるこの旅では、その地だからこそ育まれた歴史の重みとすばらしさに改めて気づくことができる。それはただの観光を超えて、日本文化の深層に触れる体験となるはずだ。
掲載スポット
有馬温泉
https://www.arima-onsen.com/
金の湯・銀の湯
https://arimaspa-kingin.jp/
芸妓カフェ一糸
https://arima-geiko.com/
菊正宗酒造記念館
https://www.kikumasamune.co.jp/kinenkan/
岸本吉二商店
https://company.komodaru.co.jp/
沼島おのころクルーズ
https://expo2025-hyogo-fieldpavilion.jp/program/5
お得な宿泊プランが続々、「アゲていこう、冬兵庫」キャンペーン実施中
冬の兵庫観光の魅力を堪能する、ひょうご冬の宿泊キャンペーン「アゲていこう、冬兵庫」が2026年2月28日(土)まで実施中。首都圏からの出発で温泉や食などを楽しめる宿泊プランや、ひょうご五国をめぐる宿泊付きバスツアーなど、お得でうれしい企画がもりだくさん。今回紹介したエリアを旅するきっかけとしても使いやすい。詳しくは公式サイトへ。
https://www.hyogo-tourism.jp/ageteikofuyuhyogo/
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