コラム

ミャンマー軍政と対立する少数民族に中国がコロナワクチン接種をする理由

2021年05月14日(金)18時20分
空気銃と発煙筒を持ってデモに参加する人々(ミャンマー)

軍事政権への抗議デモに手製の空気銃と発煙筒を持って参加する人々(写真は2021年4月3日、ヤンゴン) REUTERS/Stringer


・ミャンマーでは少数民族の支配地域で中国がコロナワクチンの接種を行っている。

・中国はミャンマー軍事政権の後ろ盾であるが、少数民族はこれと衝突を繰り返しており、中国とミャンマーの少数民族は軍事政権を挟んで敵・味方の立場にある。

・それにもかかわらず中国がミャンマーの少数民族を支援していることは、ミャンマー情勢がどう転んでも中国の立場が揺らぎにくいことを示す。

 ミャンマーではクーデターに反対する民主派が少数民族の武装組織と連携を強め、内戦の危機が迫っているが、ミャンマー軍事政権を支援してきた中国は、どう転んでも利益を失わない手を打っている。

「敵に塩を送る」中国

アル・ジャズィーラは5月10日、ミャンマー北東部の中国国境に近いカチン州やシャン州北部で中国赤十字が新型コロナのワクチン接種を行っていると報じた。これはミャンマーの少数民族カチンの武装組織、カチン独立軍(KIA)が支配する地域にあたる。

mutsuji210514_map.jpg

KIAはカチンの自治権を求め、1961年から武装活動を続けてきた。その規模は1万人以上にのぼり、ミャンマー少数民族の武装組織のなかでも、とりわけ規模の大きなものの一つだ。

その支配地域でワクチン接種を進める中国赤十字は、日本赤十字など国際赤十字・赤新月社に加盟する他の国の団体と同じく、形式的には民間団体だが、中国において政府の意向に反する団体はあり得ず、KIA支配地域での活動も中国政府の了解があるものとみてよい。

だとすると、これは奇怪にさえ映る。KIAと中国はミャンマー軍事政権を挟んで敵・味方の関係にあるからだ。

民主派を支持するKIA

広く知られているように、ミャンマー軍事政権は中国を後ろ盾としている。そのため、クーデターに反対するデモ隊により、中国企業はしばしば放火などの標的にされてきた。

この対立構図はKIAも同じだ。KIAはもともと軍事政権と衝突を繰り返し、2月1日のクーデター以来、民主派のデモを支持してきた。

民主派は4月16日、現在のミャンマー憲法の廃止や、国軍に代わる政権として「国民統一政府」発足を発表した。軍事政権はこれを「テロリスト」と呼んだが、KIAは国民統一政府も支持している。だからこそ、ミャンマー軍事政権はKIA支配地域でコロナワクチン接種をほとんど行なっていない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米9月PPI、前年比2.7%上昇 エネルギー商品高

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る EV駆け込

ワールド

欧州司法裁、同性婚の域内承認命じる ポーランドを批

ワールド

存立危機事態巡る高市首相発言、従来の政府見解維持=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story