コラム

クルマ中心の道路計画が招いた「歩行者が一番危ない」という現実

2021年01月28日(木)17時45分

「徒歩や自転車で登下校している生徒はたくましい」とある教育関係者は言う。筆者は小学校から高校まで徒歩や自転車で登下校し、家族に送迎してもらうことは悪いこと、恥ずかしいことという価値観で育ったため驚いた。

その地域では、家族による登下校の送迎(家族タクシー)が一般的になっているそうだ。原因の一つには、「歩いたり、自転車に乗ったりして登下校するのは危ない」という認識が地域で共有されている点が挙げられる。

子どもの交通事故は年々減少傾向にあるが、子どもの数が減っていること、自分で歩いたり自転車に乗って登校する子どもの数が減ってきていることも要因として考えられる。

日本の交通環境の変遷

人と道路と乗り物の関係はどのように変化してきたのか。

クルマや自転車が無く、移動が徒歩中心だった頃、道路は子どもたちの遊び場であり歩く人のものだった。

戦後の復興は道路からと言われ、1964年の東京オリンピックに合わせてインフラ整備が進められた。自家用車が普及するまでは、路面電車、自転車、原動機付自転車に乗って移動していた。自転車やリヤカーのための緩速車線を設けた道路もあった。

そこからまずトラックが普及し、しばらく経って自家用車が続いた。急激なモータリゼーションに合わせて、次第に「いかに速く安全にクルマをさばくか」に力点が置かれるようになると、道路の設計はクルマ中心になり、歩行者や自転車は追いやられていった。

大人目線の道路整備に見直しを

「いかに速く安全にクルマをさばくか」

道路整備におけるこの考え方はまだまだ日本の主流だ。幹線道路が中心で、子どもや高齢者などクルマを運転できない人たちが必要とする生活道路は、住民から言われたら直すと言った具合で優先順位が低いように感じる。

歩いたり自転車に乗る機会が最も多いのは、クルマが運転できない子どもだ。「子どもの通学路を安全なものにしたい」と全国で学校、PTA、警察や市町村が一緒になって定期的に点検を行っていることは知っている。しかし、本当に必要な点検や整備はできているのか。

「小学校周辺の横断歩道の白線が剥げて見えなくなっている」と、兵庫県のある教育委員が昨年の会議で怒った。父兄、学校、地域住民が気づけなかったのはなぜか。クルマに乗る大人の目線だけで点検をしていては子どもの安全は守れない。

通学路を整備して子どもが危ない目に遭わないようにすれば、クルマで送迎しなくても安心して暮らせる街ができるはずだ。徒歩や自転車で安心して暮らせる街を実現するためにも、通学路の安全を子どもたちの目線で考える必要があるのではないだろうか。

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プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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