コラム

「不平等な特権待遇」国会議員の文通費に知られざる歴史あり(2)~GHQ勧告の否定から始まった

2022年03月11日(金)18時00分

現在の「通信費」の源流

「最も安価で効果的に、日本国民を教育する手段」という文言はいささか刺激的であるが、GHQによる「民主化政策」の視点が反映されているものと言える。

この文書以前のGHQ側文書にはこのような記述が確認されていないことからすると、この「新憲法下の議会の諸問題」(9月3日勧告草案)こそが、その後国会法38条で規定されることになる「通信費」(現行の文書通信交通滞在費)の源流ということになろう。

「新憲法下の議会の諸問題」はその後、日本議会政治研究の権威とされていたハロルド・キグリー(ミネソタ大学教授)の修正を踏まえて9月10日、「新憲法下の国会の主要な障害」としてGHQ民政局内で承認され、GHQ側による国会法制定の基本線となる。この2つの文書における通信費の記述は基本的に同一であるが、後者では「国会の尊厳と権威を高めるため」に国会法制定が必要であるという趣旨が明示されている。

ジャスティン・ウィリアムズは新しい国会法を構想するにあたって、アメリカの立法府再編法やトーマス・ジェファーソンの「米議会手引」(Jefferson's Manual)等を参考にしているが、それらに通信費に関する実務的記載がある訳ではない。GHQ民政局でウィリアムズの上司であったガイ・スウォープがもともとペンシルバニア州選出の下院議員(民主党)であったことからすると、米連邦議会での実務が参照された可能性が高いだろう。

いずれにせよウィリアムズが「新憲法下の議会の諸問題」(9月3日勧告草案)で提唱した「無料郵便特権付与」の構想には3つのポイントがあった。

1つは、文書の郵便に関わる料金を「無料化」するという内容であり、何らかの手当を「給付」するというものではなかったこと。

次に、国会に関わる文書や記録を国民に知らせる「最も安価で効率的な手段」である郵便の料金を無料化するという「特権」を国会議員に付与するものであったこと。

最後に、国会の印刷物その他公的文書類を対象とする「無料郵便の特権」が、「国会の尊厳と権威を高めるため」に認められるべきであると明確に位置づけられていたことである。

GHQ内部ではこのように「郵便料金を無料とする特権付与」が構想されていた。だが日本側はどこ吹く風で、10月31日に日本側が作成した国会法案の「第一次草案」に通信費に関する規定はなかった。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ボーイング幹部、エア・インディア本社訪問 墜落事故

ビジネス

ソフトバンクG、Tモバイル株売却で48億ドル調達=

ワールド

ロシア、ウクライナ首都にドローン・ミサイル攻撃 1

ワールド

インド、年末までにEUと貿易協定締結の見通し=モデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染みだが、彼らは代わりにどの絵文字を使っている?
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 8
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 9
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story